非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

AFP-FSK Transceiver(1)調達

AFP-FSK Transceiverの概要

QRPGuys AFP-FSK (Audio Frequency Processed - Frequency Shift Keying) Digital Transceiver III は、FT8等のFSK(周波数偏移変調)方式のQRPトランシーバです。

先に組み立てた13TR-FT8(13TR-T4D 40m 1-Watt FT8 SSB)トランシーバも、このAFP-FSKトランシーバも、PCからのAUDIO入力に呼応してFSK信号を送信する点は同じです。しかし、13TR-FT8トランシーバが全てディスクリート部品で構成されたアナログ回路で実現されているのに対して、AFP-FSKトランシーバはマイコンのソフトウェア処理でFSK方式を実現しています。FSKに特化することでフットプリントとコストパーフォーマンスを向上した両者の比較をすることは、SDR遷移期のこの時代にあっては興味深い課題です。

AFP-FSKトランシーバは、AUDIO入力信号のシフト周波数値を検知してキャリア周波数値に加算し、ディジタルVFOを直接制御する方式のようです。混合器による周波数シフトをソフトウェアで処理しているため、「ソフトウェア処理混合器」(仮称)とでも呼べば第三者にも分かり易いかもしれません。送信機系統図(真空管半導体又は集積回路の名称及び用途並びに発振周波数から発射電波の周波数を合成する方法を記載したもの)をどうしようかと今から悩んでいます。

AUDIO入力信号のシフト周波数の検知方式としては、一般にはFFTをイメージしますが、AFP-FSKは時間領域信号の正弦波ゼロクロス点間の時間を測定し、少ない計算リソースでシフト周波数検知のリアルタイム性を確保しているようです。正確にゼロクロス点を捕らえる高速サンプリングは難しそうなので、測定情報からゼロクロス点の推定計算を行っているものと推測しています。

追記:

測定対象がRF信号ではなくAudio信号であるため、十分にサンプリング可能なようです。コードを見たところ、ATMega328Pのアナログコンパレータによって割込みを発生させ、Audio信号の半周期毎にクロック数を測定しているようでした。16MHzなので0.0625usecの精度で測定可能で、さらに平均処理により精度を上げているようです。VFOの更新周期は4msec、その間に最大4kHzのAudio信号に対しても最少で16回測定可能です。

なお、この方式のオリジナルの開発者は日本人のKazuhisa “Kazu” Terasaki - (AG6NS)さんという方のようです(AG6NS - Callsign Lookup by QRZ Ham Radio)。「日本と異なり、送信機を組み立てて直ぐにQSOを開始できる米国に在住していて本当にラッキーだと感じている・・・」(当局訳)との率直な感想の記載があります。日本在住では、このイノベーションは生まれなかったかもしれませんね。

閑話休題。QRPGuysのAFP-FSKトランシーバの利点は、ソフトウェアが公開されていることです(GitHub - kaduhi/AFSK_to_FSK_VFO)。QRPGuysはそれを「the nuts and bolts of the methods」と言っていますが、公開してくれていることに感謝。SDRの時代は、昔の回路図に匹敵するソフトウェアが公開されていないと、技術習得や向上の余地が塞がれ、Black Boxの通信オペレータの役割しかなくなってしまいます。

ところで、「第〇級アマチュア無線技士」の英語表記は「Amateur 〇-Class Radio Operator」であることを最近知りました(総基電第 224 号、平成 23 年 12 月 21 日)。昔の郵政大臣印の免許証には英語の表記はありませんでしたので。しかし、「Operator」には「操作者」というニュアンスしか感じられません。機械を操作する人を「技師」とも呼ぶので間違ってはいませんが、個人的にはサラリーマン技師時代に名刺に刷っていた「Enginner」の方が好きでした。他の例も見ると、漢字は異なれども全て「Radio Operator」でした。

  • 総合無線通信士  Radio Operator for General Services
  • 陸上無線技術士  Technical Radio Operator for On-The-Ground Services 

AFP-FSK Transceiverの調達

調達は数か月前のことですが、他と比べて郵送に課題ありと感じたため、参考のため記録を残しておきたいと思います。郵送料のコストパーフォーマンスを上げるために、AFP-FSKトランシーバと同時に下記のアンテナチューナも発注しました。

郵送手段は、Standard International($20.00 USD)しか選択できなかったと思います。同じ頃に Tindie で購入した Teensy 4.1 Expansion Board の USPS First Class($14.95 USD)よりも高額です。

追跡

Tindieと同じくQRPGuysもPayPal経由で追跡コードを事前に連絡してくれました。USPS日本郵政の追跡を組み合わせた追跡結果の抜粋を下記に示します。

2021/10/18 Payment to QRPGuys JAPAN  
2021/10/21 Shipping Label Created DOS PALOS, CA  
2021/10/26 Arrived Shipping Partner Facility DOS PALOS, CA GlobalPost
2021/10/27 Arrived Shipping Partner Facility BELL GARDENS, CA
2021/10/28 Arrived Shipping Partner Facility LOS ANGELES, CA
2021/10/30 Arrived Shipping Partner Facility COMPTON, CA
2021/11/1 Arrived at Regional Facility USLAXA USPS
2021/11/2 Arrived LOS ANGELES, USA
2021/11/5 Departed LOS ANGELES, USA
2021/11/8 国際交換局に到着 JAPAN 日本郵便
2021/11/9 通関手続中 JAPAN
2021/11/10 国際交換局から発送 JAPAN
2021/11/11 お届け済み JAPAN

Tindieは10/20に発注して11/4に届きました。対して、QRPGuysは10/18に発注して届いたのは11/11でした。東海岸と西海岸の違いでしょうか。Tindieの東海岸の方が遠いのですが・・・。

発着を見ると「Shipping Partner」という言葉があります。どうやら、QRPGuysの拠点があるCAのDOS PALOSからUSLAXAまで、GlobalPostという3rd Party Logistics業者が陸上輸送しているようです。シリコンバレー近辺の都市から都市へ数日費やして小型トラックで回っている姿が目に浮かびます。

GlobalPost、「世界郵便」みたいな会社名でWebページも立派なんですけど・・・Web上には「遅い」という評判も見られます。

荷姿

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過去に購入したキットは全てダンボールに入っていましたが、今回はビニール袋の簡易包装でした。

中身

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ビニール袋の中には、プチプチ(気泡緩衝材)に包まれただけの3つ(VFO、Transceiver、Tuner)の部品袋が入っていました。写真では良く見えませんが、部品袋には深手の圧痕跡が多数ありました。一瞥では破損は見られませんでしたが、大丈夫でしょうか・・・。

問題

荷姿写真で分かるように、「部屋番号が省略されています。・・・正しい住所を差出人様にお伝えください。」との日本郵便からの警告付箋が付いていました。当局はマンモス集合住宅に居住しているため、部屋番号がないと郵便物は届きません。今回は国際郵便だったため、日本郵便が頑張ってくれたようです。感謝。

ところが、宛先欄を見ると部屋番号が無いどころか滅茶苦茶な住所が印字されていました。PayPalがQRPGuysに伝達した宛先に間違いはありません。以下の4行型式です。

  1. 建屋名、部屋番号
  2. 番地、町名、区名
  3. 市名、県名
  4. 郵便番号(7桁)

印字されていた住所は以下の2行だけです。

  1. 番地、町名
  2. 市名、区名、県名、郵便番号(5桁)

区名の位置が違う上に、建屋名と部屋番号が欠落し、郵便番号の下2桁も欠落していました。これで良く届いたものです。

普通は、PayPalから伝達されたオーダ情報に基づいて自動印字しているものと思います。バグが発生して滅茶苦茶な住所になったのでしょうか?

ここからは推理です。伝票の日付を見ると10/30になっています。この日はGlobalPostのLOS ANGELESの拠点に到着して、国際郵便の伝票に張り直して(二重伝票が確認できます)、USPSのUSLAXA国際郵便配送センターに移し替えた日だと思います。伝票にはQRPGuysの個人名のサイン印字がありますが、DOS PALOSからUSLAXAまで出張して発送業務をしているとは思えません。QRPGuysもしくはUSPSが配送業務をGlobalPostにアウトソーシングしているのではないかと思います。「Standard International」はUSPSの郵送オプション名ではなく、GlobalPostの郵送オプション名でした。

そして、GlobalPostは住所を手打ちしている可能性が高いと思います。様々な中小企業の発送業務を請け負うにあたり、全ての企業とシステムを連結することは出来ていないのではないでしょうか。手打ちするにあたり、暗号のような日本語地名を単語として認識するのは困難であり、アルファベット1文字1文字を追いかけて手打ちしているのではないかと想像されます。そのうちに頭が混乱して、滅茶苦茶な住所になってしまったのではないかと。QRPGuysのホームページには「PLEASE VERIFY YOUR ADDRESS ON PayPal BEFORE ORDERING. ORDERS ARE SENT TO YOUR PayPal ADDRESS」と赤字ボールドで書いてあります。郵送事故が多いのでしょう。それなら原因は顧客にないことをそろそろ気付いて欲しいものです。

対策はどうするか。Paypalの住所を修正し、番地に続けて部屋番号を付けました。数字は認識し易いのではないかと期待して。郵便番号の下2桁は欠落していましたが。

QRPGuysは、T41-EPプロジェクトのメンバが過去に出したµBITX用add on board のエージェントだったことが分かりました。T41-EPキットはQRPGuysから発売される可能性が高いと踏んでいます。それまでに正しい住所を打てるようになって欲しいものです。

追記(2022/02/12)

別の電子部品を米国東海岸のメーカに発注しました。東海岸でもGlobalPostが米国内輸送を請け負っていました。無事に届きましたが、やはり伝票の宛先住所は次の通りPaypalの住所から崩れていました。

  1. 番地、町名
  2. 区名、建屋名、部屋番号
  3. 市名、県名(語尾2文字欠落)、郵便番号(7桁)

袋は2重になっていました。外はUSPSの伝票を貼った袋、その内はGlobalPostの伝票を貼った袋でした。

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内袋のGlobalPostの伝票の宛先は「SOUTH HACKENSACK, NJ 07606」のGlobalPostの施設宛でした。その施設が米国内の最終目的地ではなく、そこから別のGlobalPostの施設を経由して「JAMAICA NY INTERNATIONAL DISTRIBUTION CENTER」(ニューヨーク近郊のUSPSの集配センター)に送られ、NEWARKからTOKYOに航空輸送されました。

内袋のGlobalPostの伝票の下部には次の記載がありました。

Customs information and recipient delivery address is sent electronically to the postal facility where the required forms are printed and applied.  

外袋のUSPSの伝票の日付は、GlobalPostのSOUTH HACKENSACKの施設に滞留している日になっています。そこで、GlobalPostがUSPSの伝票を貼った外袋を被せたと推定できます。誤記のある住所を印刷したUSPSの伝票を張り付けた犯人はGlobalPostであると推定できます。GlobalPostのシステムに「recipient delivery address」を打ち込んだのもGlobalPostと見るのが妥当と思います。

サンプルは2例ですが、米国のロジのサービス品質はアウトソーシングにより劣化してしまったと思います。今後、米国に発注する際のリスクになります。コロナ後に回復することを願いますが、当面はPaypalの住所を工夫するなどの防衛手段しか取りようがありません。

追記(2022/03/17)

別の電子部品を米国東海岸のベンダーに発注しました。配送オプションはFedEx International Economy($35)でした。3/11発送で3/17着荷、所要日数6日。これでも1日遅延と追跡ページに表示されていました。住所に間違いは1文字もありませんでした。

配送品質の差が大き過ぎます。配送オプションを選べると良いのですが、USPS一択のベンダーが多いのが悩みの種です。

Teensy(5)RS-HFIQの調査

 

13TR-FT8のエピローグ(進行中)

「Black Boxの無線機ではなく、中身を理解している無線機で交信をする」という目標は今だ道半ばです。2021年に組み立てたキット3台(QCX+、QCX-mini、13TR-FT8)の保証願書をTSSに送付しました。紙の書類ベースの方が訂正等の処理が早いとの未確認情報から、TSSホームページからダウンロードしたExcel書類に入力、印刷、押印して郵送しました。

「TSSからは連絡がない」旨の先輩諸氏の経験談を参考に、送達日を確定させる試みとして、追跡可能な簡易書留で郵送してみました(追跡の目的がなければ必要性はないと思います)。1月12日PM15時57分引受にて郵便局(首都圏)窓口に依頼して追跡したところ、矢のごとし、翌日1月13日AM10時29分には神田神保町のTSSに配達済みになっていました。

重要な電子メールは迷惑ボックスに配信されてしまうとの経験値から、迷惑ボックスを発掘していたところ、1月14日15時57分着信のTSSからのメールを見つけました。早々に補正指示かと思いきや、「補正を措置し総通に提出した(過去形)」との連絡でした。こちらは何もする必要はなく、補正内容を承知しておけば良いようです。保証リードタイムは僅か1日強の電光石火でした。事前調査との大きな違いに驚愕、感謝。

補正は13TR-FT8に対してでした。電波の型式F1D(FT8)の送信機を増設申請したのですが、Audio入力に附属装置(PC)を接続することを明示するためにマイクの絵を送信機系統図に付けたところ、「音声も送信可能になっているためJ3E(SSB)を加えた」との補正でした。なるほど、ご指摘の通りです。

なお、電子申請でも1週間程度でTSSの保証が得られたとの報告を最近目にしました。TSSからの総通送付は週次バッチ処理のようですので、リードタイム1日から1週間のばらつきは保証願書の配達日に依存します。年始のこの瞬間は保証申請の数が少なく空いているのかもしれません。

背景

キットの申請が一段落したところで、SDRの勉強に戻りました。これからの時代に、「中身を理解している無線機で交信をする」ためには、SDRソフトウェアの解読も欠かせません。

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USB-based microcontroller development systemである Teensy 4 を使用したSDRトランシーバのプロジェクトとして、次の2つのプロジェクトをフォロー中です。

  1. T41-EP(Experimenters' Platform)
    SDRトランシーバ実験用プラットフォームのキットを提供するコンセプト。
  2. Keiths' Teensy SDR
    入手容易なoff-the-shelf(既製品)のボードモジュールを組み合わせて、モジュラー方式のSDRトランシーバを開発するコンセプト。

どちらも、Audio周波数のIQ信号をサンプリングするSDRです。RFをダイレクトサンプリングするSDRは、市販の多くのSDR無線機のようにFPGAが必要になると思われます。

過去にFPGAのMAX10やZynqを触ってみましたが、デバックが難しいという印象を持ちました。コストの面と開発容易性(デバック容易性)の面から、SDRの基礎的素養が不十分な状況でダイレクトサンプリングSDRの世界に足を踏み入れるのは時期尚早と判断し、Audio IQ信号SDRから勉強しています。

T41-EPプロジェクトの近況

開発は佳境に差し掛かっているようです。2021/12/23に、開発メンバの1人であるW8TEE局より「MAJOR MILESTONE!」との題記で「40m SSB 25Wで交信に成功した」との投稿がgroups.ioにありました。米国は包括免許のため、直ぐに開発機で交信できる様子でうらやましい限りです。

T41-EPはキットで発売される予定とのこと。20W 5-band (80, 40, 20, 15, 10m) CW/SSBの仕様で、SMD実装済みの"semi-kit"を$250以下(大きさを選べるディスプレイは別)で発売することにキットベンダーと合意している模様。groups.ioの盛り上がりを見ると、半導体不足の折り、QDXのように受注開始後数分で蒸発しそうな予感がします。

T41-EPはExperimenters' Platform(実験台)なので、「足りないBandや送信Modeは自分で追加してくれ」との思想。そのため、なりより嬉しいことに、18章からなる解説本をAmazonで3月に発刊予定とのこと(ARRLの印刷本になってしまうと入手コストが高いためAmazonを選択してくれたのは嬉しい)。組立マニュアル以外の解説本が付いてくるSDRキットは初めてではないでしょうか。キット受注枠が蒸発しても解説本で楽しめそうです。元大学教授のW8TEE局は多数のプログラミング入門書を出版した実績があるため、解説本の出版ルートを持っているのではないかと思われます。

過去にuSDXのコードを読み解くことにチャレンジしたことがありましたが、コード上のコメント文だけでは詳細を追えませんでした。演算能力の小さいマイコンに合わせて、2回のサンプリング演算を合成してフィルタ演算を実行しているように見えたのですが、そこまででギブアップしました。よほどSDRアルゴリズムに習熟していない限りは、ドキュメント(ソフトウェア設計書)なしで回路図のようにコードを読み解くことは難しと感じました。その経験からもT41-EPの解説本には期待しています。

Keiths' Teensy SDRプロジェクトの近況

こちらは2021/11/6にKeith OMより「Yes Virginia there is a transmitter in the works!」との投稿がありました。入手容易なoff-the-shelf(既製品)の送信用QSE(アップコンバータ)が市場に無いことがあい路になっていたようですが、自作により克服した模様です。

2022/1/9には、PCBの設計をしている旨の投稿がありました。off-the-shelfモジュール購入から自作PCB設計開発に移行しているように見受けられ、T41-EPにコンセプトが接近してきたように感じます。送信テストはKeiths' Teensy SDRが先行し、PCB開発はT41-EPが先行しているように見受けられます。まさにデッドヒートの様相を帯びてきました。

送信用QSEモジュールが市場に無いことがKeiths' Teensy SDRプロジェクトのあい路と書きましたが、別のメンバからKeith OMに RS-HFIQ SDR(HobbyPCB) の提案投稿がありました。調べてみると、このようなAudio IQ信号SDRに対して、RS-HFIQはRFフロントエンドとして完結している可能性があることが分かりました。逆にそれがチャレンジ精神を鼓舞しないのかもしれませんが・・・。以下に調査結果をまとめます。

RS-HFIQの調査

概要

RS-HFIQ(5W HF Transceiver)は、HobbyPCB LLCがクリエイターとして開始したkickstarterプロジェクトの成果物のようです。kickstarter自体は目標達成で既に2017年に終了していますが、RS-HFIQ完成基板はHobbyPCBのホームページにおいて現時点では即納品として販売されています。半導体不足の状況で即納品とは稀有な存在です。PCBは大量生産した方がコストが下がるため、需要を読み違えた在庫品販売でしょうか・・・?。

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RS-HFIQ 5W HF SDR Transceiver
https://www.hobbypcb.com/index.php/products/hf-radio/rs-hfiq

HF SDR Transceiverとなっていますが、SDR用のRFフロントエンドであり、Transceiverとして完結させるためにはバックエンドとしてSDRソフトウェアを搭載した附属装置(PC等)が必要です。一般的な活用方法は、PCとサウンドカード(IQ信号入出力用)およびUSB(VFO制御用)経由で接続する形態です。他に、HobbyPCBからSTM-32 DSPを搭載した専用のバックエンドとケースを付けた一体型SDRトランシーバが販売されています。ソフトウェアに触れるかどうかは不明ですが、フォーラムは存在しています。

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受信経路と送信経路

RS-HFIQの受信経路は、①ANT、②BPF、③LNA、④ATT、⑤QSD、⑥IQ信号、⑦附属装置(PC)の順になります(図中青字)。送信経路は逆に、①附属装置(PC)、②IQ信号、③QSE、④BPF、⑤DRIVER、⑥Final、⑦LPF、⑧ANTの順になります(図中赤字)。受信経路の③LNAと送信経路の⑤DRIVERは同じトランジスタ(広帯域高線形性アンプMMG3H21NT1)です。

特徴は送信経路にもBPFが入っている点でしょうか。これを実現するためか、複雑なPINダイオードスイッチ回路が組まれているようです。多バンド対応のLPFバンクの各バンド当たりのLPF素子数は多くないようですので、BPFの援共用でスプリアス低減を図っているのかもしれません。仕様では「Spurious and Harmonics < -50 dBc typical」と記載されています。残念ながら maximum ではなく typical なので、バンドによっては-50 dBcを超えるかもしれません。実測評価が必要になりそうです。

フィルタだけでなく図中のTX/RXスイッチも含めて、全ての切り換えをPINダイオードで実現しており、メカニカルリレーは1つもありません。この辺はIMDの観点から議論があるようですが、フットプリントの面では小型化に大いに貢献しているようです。

もう一つの特徴は、GNDが3分割(Digital、Analog、RF)されていることです。Analog GNDに配置された⑤QSDおよび③QSEの信号はトランスを介してRF GNDの回路とつながります。Digital GNDの回路から出てくるLO信号もトランスを介して⑤QSDおよび③QSEに供給されています。

回路図面の調査

回路を探りながらキット3台(QCX+、QCX-mini、13TR-FT8)を組み立てた経験から、RF回路が少しだけ読めるようになってきました。

回路図面は、RS-HFIQ Technical Information Site から参照可能です。

(1)Digital回路等(マイコン、LO、・・・)、

(2)Analog回路等(QSD、QSE、Final、・・・)、

(3)RF回路等(LPF、BPF、・・・)の3枚から成ります。

回路図面(1)Digital回路等

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回路図面(1)Digital回路等の調査結果(青字注記)

LOのSI5351をArduino Nanoで制御しています。FETスイッチで5V/3Vのレベル変換を行いSCL/SDA信号を接続しています。Teensy 4のI/Oは3.3Vのため、Nanoとの置き換えではレベル変換が必要になります。3.3V→5V→3.3Vと無駄な変換ですが、off-the-shelf(既製品)のボードをそのまま使うためには致し方なしです。

電源は14V(13.8V)の主電源をNanoのVINに供給し、Nano搭載のレギュレータでDigital回路用の5V(V+)と3.3V(+3V3D)を作っています。NanoのVINの仕様では上限12Vですが、Nanoに搭載されたレギュレータ(lm1117)の仕様では最大電圧が推奨で15V(リミットで20V)となっているため14V入力としているようです。Nanoの基板は小さいため、密閉空間での放熱設計が気になるところです。

SI5351の電源はNano出力の3.3Vを使用するのではなく、安定性確保のためか専用のレギュレータで5Vから作り直しています。SI5351のLO出力は絶縁トランスを通してAnalog回路のQSD/QSEに供給しています。

Nano出力の5Vを変圧器ドライバで発振させて絶縁変圧器を通し、Analog GNDのレギュレータでAnalog回路用の5Vを作り直してQSD/QSEに供給しています。

Band切換やTX/RX切換のPINダイオードスイッチ用の制御信号は、フォトカップラで絶縁しています。

このように、Nanoのノイズに対して心配りをした設計になっていることが分かりました。

Teensy 4のVINは5Vであるため、Nanoを置き換えるためには14V電源を5Vに変換するレギュレータが別途必要になります。先日入手したブレークアウトボード(Teensy(4)ブレークアウトボードの調達 - 非職業的技師の覚え書き)にはNanoと同種のレギュレータ(lm1117)が搭載されていますが、仕様はやはり6.5-12V入力になっていました。Nanoと同様に14V入力でも大丈夫かな・・・?。

回路図面(2)Analog回路等

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回路図面(2)Analog回路等の調査結果(青字注記)

2枚目には、受信用QSD(Quadrature Sampling Detector:直交サンプリング検出器)、送信用QSE(Quadrature Sampling Exciter:直交サンプリングエキサイター)、Finalの電力増幅器の回路が記載されています。

QSDのBus Switch(FST3253)に入力されるRF信号はトランスで絶縁されています。ダウンコンバートされた出力のAudio IQ信号は、低ノイズ電圧1.1nV/√HzのOp-amp(LT6231: low noise, rail-to-rail output unity-gain stable op amp)を中継して附属装置(PC)のサウンドカードに送られます。Bus SwitchのポートA(2端子)とポートB(4端子)の使い方がQCXキットと逆であることに気づきました。Bus Switchをダウンコンバータに流用すること自体がアイディアなので自由度があるということでしょうか?。

附属装置(PC)のサウンドカードから送られるAudio IQ信号は、10倍のノイズ電圧 11 nV/√HzのOp-amp(TLV2464:low-power rail-to-rail input/output op amp)を中継してQSEのBus Switch(FST3253)に入力されます。QSDとQSEでOp-ampの型番を変えたのはコスト低減のためでしょうか、信号のS/Nが低いQSDには特別にLNAを奢っていると見るべきでしょう。MOUSERで調べると、LT6231は2個入りなので400円相当、TLV2464は4個入りなので110円相当のようです。QSEのアップコンバートされたRF出力は絶縁トランスを介して、RF回路のBPF、DRIVER、Finalに送られます。

Finalは三菱のRD16HHF1(Silicon RF Power MOS FET 30MHz, 16W)です。ゲートバイアスはRF専用の5Vレギュレータから作り、NanoからON/OFFを制御しています。

回路図面(3)RF回路等

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回路図面(3)RF回路等の調査結果(青字注記)

3枚目には、LPFバンク、BPFバンク、受信経路の③LNA/送信経路の⑤DRIVER(広帯域高線形性アンプMMG3H21NT1)の回路が記載されています。

どちらのフィルタバンクもバンド別の5組のフィルタから構成されています。

(1)80m
(2)60/40m (*60mは日本では割り当てなし)
(3)30/20m
(4)17/15m
(5)12/10m

バンド(1)(4)(5)のLPFはインダクタ2個、キャパシタ3個の5素子の構成です。残るバンド(2)(3)のLPFはインダクタ2個に並列にキャパシタ2個が追加されており、ダブルのウェーブトラップ?、もしくは楕円関数フィルタの構成になっているようです。これにより、バンド(2)(3)のLPFは基板上でキャパシタ追加による改良の余地がなく、もしスプリアス規制を満たしていなければ外付けのLPF追加が必要になります。インダクタは全てトロイダルコイルではなくSMDタイプです。製造コストには貢献していると思いますが、その点からも手を入れる余地はなさそうです。

各LPFの中央には15uHのインダクタが結線されていますが、インダクタンスが大きくバンド間で違いが無いため、PINダイオードスイッチ切換用バイアス回路のRF遮断用と推測しています。

BPFは経験知がなくフォローできませんが、受信RF信号のみならず送信RF信号も通過させるために複雑なPINダイオードスイッチ回路が組まれているようです。広帯域高線形性アンプを採用した受信LNAを送信DRIVERにも利用するのは、コスト的にもIMDの観点からも良いアイディアのように思えます。

SDRバックエンドとの接続形態

Teensy 4でRS-HFIQを使用するために、SDRバックエンドとの接続形態を考えてみました。

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SDRバックエンドとの接続3形態

接続形態(1)は、RS-HFIQ本来の使用方法です。提供されているRig Description fileを用いて、PC上のSDRソフトHDSDRからOmniRigを介してRS-HFIQを制御します。

接続形態(2)はPCをTeensy 4に置き換え、自作SDRソフトを使用します。USBを使用するための低レベルのプログラムと、Teensy 4上でのOmniRig機能の実現が必要になります。OmniRigのソースコードは公開されていますが、敷居は高そうです。

接続形態(3)はKeiths' Teensy SDRプロジェクトのコンセプトである「off-the-shelf(既製品)のRFフロントエンドの活用」に即した接続形態です。Nanoを取り外してヘッダピンとTeensy 4を直結します。ピン配置は互換性がないため配線の取り回しが必要になり、ノイズ的には不利になります。電源関係とロジックレベル変換を慎重に実装しないとボードを破壊する可能性があります。ソフトウェアではNanoのプログラム(の一部)をTeensy 4に移植する必要があります。Nanoのプログラムは公開されており、ドキュメント(ソフトウェア設計書)はありませんが、コードにコメントがそれなりに付いていることは確認できました。

もしRS-HFIQを購入したら、接続形態(1)でSDRを十分に探究した後に、接続形態(3)にチャレンジすることになりそうです。

追伸

2022/04/09

Keiths' Teensy SDRプロジェクトの開発メンバとして中心的に活躍されているK7MDL局Mike OMより、上記のSDRバックエンドとの接続3形態(2)において「Omni-Rigは不要」とのコメントを頂きました。また、TeensyからRS-HFIQをUSB接続で制御するコードのGitHub上の場所を教えて頂きました。コードはMike OMご自身が開発され動作検証済みです。ご連絡に感謝いたします。

  • TeensyからRS-HFIQをUSB接続で制御する汎用ライブラリ

  • 上記ライブラリを使用したKeiths' Teensy SDR

上記のK7MDL局Mike OM開発のKeiths' Teensy SDRのコードをgit cloneして、コンパイルが通るかどうか試験中です。PC環境に合わせて、いくつか書き換える必要のあるファイルがあるため、成功したら別途報告したいと思います。

2022/05/11

RS-HFIQボード設計者のWA2EUJ局Jim OMよりkeithsdr@groups.ioに投稿がありました。300枚製作したRS-HFIQは完売したとのこと。自己紹介から始まる投稿がgroups.ioにあったということは、RS-HFIQをRFフロントエンドにしてKeiths' Teensy SDRを製作しようというHAMが増えて急速に人気に火が付いたのかもしれません。

幸いなことに、当局は上述のBlogを書いた後に発注したためRS-HFIQを確保できました。S/Nは400番台半ばだったため、kickstarterプロジェクト頒布品以外に一般販売用として300枚製作したのかもしれません。

Jim OMは次のバージョンを考え始めたとのことで、提案を募集中のようです。

13TR-FT8トランシーバ (18)組立完

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元旦、快晴。丹沢の彼方に雪を被る富士山頂が良く見えていました。

組立完

年末に、残る受信部の3つのトランジスタ(Q3、Q7、Q8)を組み付け、13TR-FT8トランシーバ の組み立てを完了しました。

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ただし、アンテナの準備ができていないため、受信部のテストはまだできません。まず、ケースに封入した状態での送信部の最終評価を行いました。

空中線電力の評価

測定系

USBオシロによる7MHzのRF波形測定の精度には確信が持てないため、ダミーロード(QRP Labs)に付属する整流検波回路を利用して50Ω終端電圧測定を試みました。測定系を下記に示します。

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空中線電力の測定系
測定結果

整流ダイオード(1N4004)の電圧降下を予め測定したところ、0.61Vでした。AUDIO周波数2kHz入力時の7.076MHzのRF検波電圧は13.20Vでした。これより、peak-to-peak電圧Vp-p=27.62V、実効値Vrms=9.76V、電力P=1.91Wとなりました。USBオシロで測定した電力P=1.9Wと同じ結果が、異なる測定系からも得られました。

スプリアス領域における不要発射の強度の評価

許容値

空中線電力は「1Wを超え5W以下」に該当するため、スプリアス領域における不要発射の強度の許容値は「50μW以下」(-13dBm以下)になると思います(無線設備規則別表第三号(第7条関係)41参照)。

一方、基本周波数の尖頭電力は1.9W(32.8dBm)でしたので、基本波から-45.8dBc以下であれば許容値に収まります。QRPということで、-50dBcより少し条件が緩和されるようです。

ケース封入前のUSBオシロによる参考値ですが、オリジナルLPF評価時の第二高調波の強度は基本波に対して-47.9dBcでした。解釈に間違いがなければ、LPF改造の必要なく規則を満たしていたようです。以下はLPFを改造(第二高調波トラップ機能の追加)した個体のスプリアス測定であることにご注意ください。

測定系

USBオシロのスペクトルアナライザソフトを用いた評価はサンプリング周波数の点から精度に確信を持てないため、tinySAを用いた下記の測定系を用いて評価しました。

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スプリアス領域における不要発射の強度の測定系

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スプリアス領域における不要発射の強度測定の様子

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13TR-FT8の出力電力は1.9W、32.8dBmでした。20dBカップラからの分岐電力は12.8dBmになります。ステップアッチネータの減衰SW設定は20dBとし、tinySAへの入力を-7.2dBmに制限しました。

tinySA-APPソフトウェアを用いることによって測定点数を増やし、自動設定のRBWが小さくなる影響を見ました。測定スパンは1から71MHzに設定しました。

測定点数:1,000点

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測定点数:1,000点、第二高調波:-57.4dBc

第二高調波の強度は基本波に対して-57.4dBcとなり、スプリアス規格を満足します。ノイズフロアは約-75dBmであり、第三高調波(マーカ2)まで見えています。

測定点数:3,000点

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測定点数:3,000点、第二高調波:-55.4dBc

第二高調波の強度は基本波に対して-55.4dBcに増加しましたが、スプリアス規格を満足します。ノイズフロアは約-80dBmであり、第六高調波(マーカ5)まで見えています。

測定点数:10,000点

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測定点数:10,000点、第二高調波:-54.4dBc

第二高調波の強度は基本波に対して-54.4dBcに増加しましたが、スプリアス規格を満足します。ノイズフロアは約-83dBmであり、第五高調波(マーカ4)まで見えています。

まとめ

第二高調波の強度(基本からの減衰量)を下記にまとめます。変動があるため2回測定しました。

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1回目は基本波の電力が減少しています。2回目はtinySAへの想定入力電力-7.2dBmに近い値の約-6.7dBmに収束しています。コールドスタートからの暖機運転の影響があるものと思われます。

LPFの改造(第二高調波トラップ機能の追加)により、第二高調波の強度(基本波からの減衰量)は-54dBc以下が得られ、スプリアス規格を満足します。USBオシロの測定結果は-63dBcだったため、-10dBc近くの測定誤差が確認されました。やはり、USBオシロでのRF測定は難しいのかもしれません。

帯域外領域におけるスプリアス発射の強度の評価

許容値

空中線電力は「1Wを超え5W以下」に該当するため、帯域外領域におけるスプリアス発射の強度の許容値は「50mW以下であり、かつ、基本周波数の平均電力より40dB低い値」(-13dBm以下)になると思います(無線設備規則別表第三号(第7条関係)41参照)。50mW(17dBm、-15.8dBc)以下より厳しい規格である-40dBc以下を確認します。

tinySAによる測定試行

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tinySAによる帯域外領域スプリアス発射強度の測定試行結果

tinySAについては各技術誌に解説記事が掲載されています。それらを参照することによって予め分かっていたことではありますが、tinySAによる帯域外領域(±10kHz)の評価は困難であることが改めて確認されました。7074+2kHzに基本波スペクトルの中心があることは分かりますが、スプリアス発射強度の評価は困難です。

測定系

そこで、今回もQCX+の評価と同様にUSBドングルSDR(SDRplay RSD1A)を用いることにしました。

今回の測定系を下記に示します。tinySAをRSP1Aに換装すれば準備完了です。ただし、ステップアッチネータは最大の41dBに設定し、カップラと合わせて61dBの減衰を行います。これにより、1.9W、32.8dBmの電力を-28.2dBmまで減衰させ、RSP1Aに入力します。さらに30dB減衰させても良いぐらいですが、手持ちのアッチネータがありません。

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帯域外領域におけるスプリアス発射の強度の測定系
測定結果(0)AUDIO周波数2,000Hz

基本としているAUDIO周波数2,000Hz入力時の帯域外領域スプリアス発射強度の測定結果を下記に示します。RBWは5.09Hzです。

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AUDIO周波数2,000Hz入力時の帯域外領域スプリアス発射強度の測定結果

基本波の受信強度は-29.3dBmであり、ほぼ計画通りの値になっています。

7074+2kHzの基本波の左側にはキャリア漏れや逆サイドバンド側のイメージが観察され、右側にはAUDIO周波数の第二高調波や第三高調波が観察されます。これらは全て基本周波数の平均電力より40dB以上低い強度であり、スプリアス規格を満足します。

測定結果(1)AUDIO周波数1,000Hz

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AUDIO周波数1,000Hz入力時の帯域外領域スプリアス発射強度の測定結果

7074+4kHzの第四高調波(-60dBm)および逆サイドバンド側7074-1kHzのイメージ(-68dBm)がスプリアス規格を満足しません。

水晶フィルタで抑圧される7074+1kHzの基本波(-46dBm)よりも、水晶フィルタを通過する7074+2kHzの第二高調波(-30.7dBm)および7074+3kHzの第三高調波(-42dBm)の方が強度が大きくなっています。水晶フィルタを通過するこれら複数波が後段でIMD(混変調)を生じるために、水晶フィルタ帯域外の高調波を生じているのではないかと推測しています。

測定結果(2)AUDIO周波数1,400Hz

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AUDIO周波数1,400Hz入力時の帯域外領域スプリアス発射強度の測定結果

数多くの高調波および逆サイドバンド側のイメージがスプリアス規格を満足しません。

7074+1.4kHzの基本波(-37dBm)と伴に7074+2.8kHzの第二高調波(-36dBm)が水晶フィルタを通過しています。水晶フィルタを通過するこれら複数波が後段でIMDを生じるために、水晶フィルタ帯域外の高調波を生じていのではないかと推測しています。

測定結果(3)AUDIO周波数1,800Hz

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AUDIO周波数1,800Hz入力時の帯域外領域スプリアス発射強度の測定結果

7074+1.8kHzの基本波の左側にはキャリア漏れや逆サイドバンド側のイメージが観察され、右側にはAUDIO周波数の第二高調波や第三高調波が観察されます。これらは全て基本周波数の平均電力(-29.4dBm)より40dB以上低い強度であり、スプリアス規格を満足します。

7074+1.8kHzの基本波のみが水晶フィルタを通過し、7074+3.6kHzの第二高調波以上は水晶フィルタで阻止されています。これにより、後段で大きなIMDを生じていないと推測しています。

測定結果(4)AUDIO周波数3,000Hz

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AUDIO周波数3,000Hz入力時の帯域外領域スプリアス発射強度の測定結果

7074+3kHzの基本波の左側にはキャリア漏れや逆サイドバンド側のイメージが観察され、右側にはAUDIO周波数の第二高調波や第三高調波が観察されます。これらは全て基本周波数の平均電力(-29.4dBm)より40dB以上低い強度であり、スプリアス規格を満足します。

7074+3kHzの基本波のみが水晶フィルタを通過し、7074+6kHzの第二高調波以上は水晶フィルタで阻止されています。これにより、後段で大きなIMDを生じていないと推測しています。

測定結果(5)AUDIO周波数800Hz+2,100Hz

SSBトランシーバとしての特性を調べるため、AUDIO周波数800Hz+2,100Hzのツートーン信号を入力してみました。水晶フィルタ阻止域の800Hzは内部で水晶フィルタ通過域の高調波を数多く発生し、2,100Hzとの間でIMD(混変調歪み)を発生させることが予想されます。

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AUDIO周波数800Hz+2,100Hzのツートーン信号

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AUDIO周波数800Hz+2,100Hz入力時の帯域外領域スプリアス発射強度の測定結果

IMDが発生したように見えますが、スプリアス規格は満足するようです。

測定結果のまとめ

水晶フィルタの測定(13TR-FT8トランシーバ (13)水晶フィルタの組立と測定 - 非職業的技師の覚え書き)で見たように、基本波に対して高調波を40dBc以下に留めることができる周波数帯域は1,800~3,000Hz(7075.8~7077.0kHz)であることが、出力電力からも確認されました。基本波が水晶フィルタの阻止域にあっても通過域の高調波を発生するため、周波数帯域には注意する必要があります。

なお、測定に供した13TR-FT8トランシーバキットの個体は、LPFを改造(第二高調波トラップ機能追加)していることをご留意下さい。キットには組立スキルのばらつきが反映されます。以上の結果は非職業的技師の未熟な組立スキルが反映された個体の特性であることをお断りしておきたいと思います。

13TR-FT8トランシーバ (17)LPFへの第二高調波トラップの追加

背景

13TR-FT8トランシーバの組み立て中の個体に対して、ケース封入前の参考値ではありますが、第二高調波の強度を測定したところ、基本波に対して47.9dBcという結果になりました(参照:13TR-FT8トランシーバ (16)電力増幅器の測定 - 非職業的技師の覚え書き)。

LPFは、λ/4 π型ローパスフィルタの3段接続構成になっていると思われます。コンデンサは各々1個で実装するために容量値に妥協があり、7MHzにおいて両端のコンデンサインピーダンスは58Ω、中央が53Ωと多少のばらつきはあるようです。コイルのインピーダンスは45Ωです。測定の結果、LPF各段の第二高調波抑圧能力は約13dBcでした。3段で約39dBcとなります。LPF入力前の第二高調波の強度の測定結果は9.7dBcでしたので、積み上げ方式でも50dBcの達成にあと一息足りないという同じ結論になります。

抑圧能力を増強する方法の1つは、λ/4 π型ローパスフィルタの1段増設です。61dBcを達成できると予測されます。ただし、コンデンサ1個の増設はともかく、トロイダルコイル1個の増設があい路になります。

抑圧能力を増強する2つ目の方法は、第二高調波トラップ機能の追加です。設計上はコンデンサ1個の増設で済みます。ただし、共振を利用してトラップするため、既存のトロイダルコイルに合わせた容量設計値をコンデンサ1個で実装することは難しく、2個を組み合わせて必要な容量設計値を実現することを目指します。

設計

既に前々回において設計検討した結果を採録します(参照:13TR-FT8トランシーバ (15)電力増幅器の組立とLTspiceシミュレーションの再確認 - 非職業的技師の覚え書き)。

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第二高調波トラップ付きLPFの容量探索(実測値反映)

LTspiceシミュレーションを用いて探索した結果、第二高調波トラップに最適な追加コンデンサC0の容量値は129pFとなりました。トラップが理想的に機能した時の抑圧能力は85dBcと推定されます。もちろん理想の達成は難しく、現実的な目標はλ/4 π型ローパスフィルタの1段増設時に匹敵する61dBcの達成です。

FT8の15秒連続送信時にトロイダルコイルはある程度の熱を持つと予想されるため、温度変動によってトラップ周波数が外れないようにC0G温度特性(温度係数:0±30ppm/℃)のコンデンサを採用します。

129pFを82pFと47pFの組み合わせで達成することにして、手持ち在庫にある以下のチップ積層セラミックコンデンサ(2012サイズ)を採用しました。千石通商にて150円/10個で過去に購入したものであり、コスト30円の機能追加になります。

  •  250V C0G 82pF ±5%:GRM21A5C2E820JW01D(ムラタ)
  •  250V C0G 47pF ±5%:GRM21A5C2E470JW01D(ムラタ)

組立

まず、2個のコンデンサを並列に逆作用ピンセットで挟み合わせ、はんだ仮付けで一体化します。慎重に作業しないと、逆作用ピンセットの復元力で簡単にチップを天井に向けて打ち上げてしまいます(経験あり)。

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つぎに、L2を挟むC39とC40のリードを利用して、基板裏面に実装しました。リードで無暗に引き回さない方が良いと思いますが、絶縁テープで包むことを考えてリード付けとしました。

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はんだ鏝が熱いうちにと気がはやり、基板に実装する前に容量値を実測することを失念してしまいました。追加コンデンサの公差±5%により、容量の真値は122~135pFのどこかにあります。トラップを追加したLPFの周波数特性は、上記LTspiceシミュレーションで試行した121pF~133pFの特性の範囲内のどこかにあるものと思われます。コンデンサの選定を行わないと、抑圧能力はMin.59~Max.85dBcの範囲内でばらつくことになります。

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コンデンサの公差による第二高調波抑圧能力のロバスト

測定

出力の測定方法は前回と同じです。50Ω Dummy Load の電圧を測定しました。Audio TX信号の周波数は2,000kHzです。

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電源投入直後の測定結果

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電源投入直後の測定結果(出力:3.1W)

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電源投入直後の測定結果(第二高調波抑圧:63.0dBc)

電源投入直後の出力電圧は、35.7Vp-p、12.5Vrms、3.1Wでした。第二高調波の抑圧能力は63.0dBc(= 1.755 + 61.269)に向上したことが確認できました。

パワーアップには驚きました。LPFの改造によって、潜在していた挿入損失が減ったのでしょうか? それにしてもノミナル1W機に対して大き過ぎます。悩んでいる最中、暖機運転が進むとパワーは減少して行きました。

暖気運転後の測定結果

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電源投入直後の測定結果(出力:1.9W)

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暖気運転後の測定結果(第二高調波抑圧:62.9dBc)

暖気運転後の出力電圧は、27.9Vp-p、9.8Vrms、1.9Wに収束しました。LPF改造前の出力と同じ値です。第二高調波の抑圧能力は62.9dBc(= -0.1185 + 63.0625)に向上したことが確認できました。抑圧能力は電源投入直後と同じ値です。

測定結果のまとめ

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LPFに第二高調波ウェーブトラップ機能を追加する改造により、挿入損失には変化が無く、第二高調波抑圧能力は47.9dBcから62.9dBcに向上することが確認できました。使用したコンデンサの容量値公差(±5%)から、想定内の妥当な結果が得られたと思います。目標は達成できました。

電源投入直後に出力が大きい理由は不明です。暖機運転後に終段トランジスタは触れないほど熱くなっていました。2N4401のデータシートには125℃のhFE特性曲線が掲載されているため、コレクタ電流が大きいときに125℃に発熱していても異常ではないと思います。

しかし、トランジスタの物性では、高温になるとベースエミッタ間のしきい値電圧が小さくなり、hFEが大きくなるとのこと。2N4401のデータシートのhFE特性曲線もそのようになっています。エミッタ抵抗によって負帰還が掛かることにより出力が発散しないことは理解できますが、減少することがあり得るのか分かりません。

電源投入直後の周波数スペクトルを見ると、測定帯域全体でノイズレベルのベースが増大していることが気になります。暖機運転が必要なのは、USBオシロの方なのでしょうか? しかし、検索しても、温度安定性に関する話題は何もないようです。

キットには組立スキルのばらつきが反映されます。以上の結果は非職業的技師の未熟な組立スキルが反映された個体の特性であることをお断りしておきたいと思います。

13TR-FT8トランシーバ (16)電力増幅器の測定

出力パワーの測定

測定系

13TR-FT8トランシーバの出力パワー測定系と測定の様子を下記に示します。

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出力パワーの測定系

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測定の様子

13TR-FT8トランシーバはまだケースに入れていません。トランジスタの電圧を測る際には、高周波誘導の心配がありますが、剣山上に残したトランジスタのリードをクリップして配線を引き回しています。

今回からは、PCのヘッドホンジャックから直接Audio TX信号を入力するのではなく、USB Audioを介して入力する構成に改めました。アプリで発生するPCのシステム音が入力されるのを防止するためです。USB Audioは適当に安価なものを選定しました。波形を覗いてみると、サンプリング起因か何かの高周波が重畳しており、音の品質は劣化しているようです。FT8の送信信号品質には影響がないと思います。

今回、失敗があり、測定を2回繰り返しました。USBオシロのプローブを2本使用しましたが、その中の1本の周波数特性補正トリマの調整が不十分だったために、送信出力の測定値が倍異なるという現象に悩まされました。回路上の損失発生箇所を探して測定を繰り返しましたが発見できず、念のために矩形波のテスト信号を発生させてオシロのチャンネル毎の応答を調べた結果、1本のトリマ調整未遂に気が付いた次第です。トリマ調整不足で矩形波への追従性が悪い(角が丸まる)と、7MHzに対しては実効値の2乗が半分になってしまうことが起こり得ることに初めて気付かされました。高周波成分を含む矩形波に追従できるようにトリマ調整を行いましたが、追従性の評価が目分量であるためアナログ的不確実性が残ってしまうのは致し方なしではあります。

基本測定結果

PCからのAudio TX信号の周波数を2,000Hzに設定した時のDummy Loadの電圧波形の測定例を下記に示します。電源電圧はDC12Vです。

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出力電圧波形の測定例(Audio TX : 2,000Hz)

50Ω Dummy Load に印加されるRF電圧の実効値として約9.8Vが得られたことから、出力パワーは約1.9Wとなりました。13TR-FT8トランシーバのホームページ(13TR - CRkits共同購入プロジェクト)に紹介されている仕様(出力 1W(ノミナル))の1.9倍が得られました。

USBオシロの測定ソフトWave Forms 2015のスペクトラムアナライザ機能を用いて測定したパワースペクトルを下記に示します。分解能帯域幅RBWは23kHzです。

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出力スペクトラムの測定例(Audio TX : 2,000Hz)

第二高調波(14.152MHz)の強度は基本波(7.076MHz)に対して47.9dBc(= -0.1746 + 48.0709)となりました。QCX+(QCXのLPFについて - 非職業的技師の覚え書き)と似たスプリアス測定結果になりました。今少しLPFの抑圧が足りていません。ケース封入前の状態ですので、ケースを上に被せたり、Dummy Loadとの間にケースを立てたり、配線を移動させたりしましたが、結果は変わりませんでした。

ケース封入後にtinySAを用いて再評価を行う予定ですが、安全策としてLPFに第二高調波トラップを仕掛けるかどうか逡巡しています。

Audio周波数に対する出力測定結果

Audio TX信号(副搬送波)の周波数に対する出力パワーの測定結果を下記の表およびチャートにまとめます。

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Audio TX信号(副搬送波)の周波数に対する出力パワー

水晶フィルタの測定(13TR-FT8トランシーバ (13)水晶フィルタの組立と測定 - 非職業的技師の覚え書き)で報告したとおり、Audio TX信号1,500Hz以下では水晶フィルタの出力に脈動が見られました。その脈動がLPFの出力でも顕在化しているようです。脈動が最も顕著なAudio TX信号1,400Hzの脈動波形測定の例を下記に示します。

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出力電圧波形の測定例(Audio TX : 1,400Hz)

見かけ上のサンプリングレートを増やすUSBオシロの「等価時間サンプル機能」を使い、重畳回数Oversを16回に設定して測定しました。サンプルポイントをずらしながら16回信号を取り込んで合成しています。ところが、脈動によって同じ信号を取り込めていないため、上図では振幅の異なる複数の波形が合成されています。転じて、脈動が可視化できています。前記の2,000Hzの例のように「等価時間サンプル機能」が綺麗に働けば、脈動は生じていないことになります。

Audio TX信号の周波数が1,000Hzから1,400Hzの範囲では、周波数と伴に出力が減少しています。出力として基本波以外にAudio TX信号(副搬送波)に起因する高調波のパワーを以下のようにカウントしているためと推測しています。

  • Audio TX信号が1,000Hzの場合は、第二高調波2,000Hzおよび第三高調波3,000Hzに起因するRF信号は水晶フィルタおよびLPFを通過します。見かけ上の出力は高調波の分だけ大きいように見えることになります。
  • Audio TX信号が1,200Hzの場合は、水晶フィルタを通過できる高調波は第二高調波2,400Hzに起因する1本だけに減ります。第三高調波3,600Hzに起因するRF信号は水晶フィルタを通過できません。これにより、一旦は出力が減少することになります。
  • Audio TX信号が1,500Hzの場合は、基本波に起因するRF信号の通過量が多くなるため、第二高調波3,000Hzに起因するRF信号と合わせて出力が増加に転じることになります。
  • Audio TX信号が1,800Hzの場合は、第二高調波3,600Hzに起因するRF信号も水晶フィルタを通過できなくなります。基本波に起因するRF信号のみの出力を測定していることになります。3,000Hzまでは基本波に起因するRF信号に対する挿入損失が最小になるため、出力は最大一定値を維持します。

以上の測定結果から、非職業的技師が組み立て中の個体についてはAudio TX信号(副搬送波)の周波数を1,800Hzから2,900Hzとするのが妥当のようです。

今回の検討により、FT8通信プログラムWSJT-X(Weak Signal communication by K1JT)のRadio設定に「Split Operation」が用意されている理由が良く分かりました。WSJT-X User Guide の Split Operation を引用します。

Split Operation: Significant advantages result from using Split mode (separate VFOs for Rx and Tx) if your radio supports it. If it does not, WSJT-X can emulate such behavior. Either method will result in a cleaner transmitted signal, by keeping the Tx audio always in the range 1500 to 2000 Hz so that audio harmonics cannot pass through the Tx sideband filter. Select Rig to use the radio’s Split mode, or Fake It to have WSJT-X adjust the VFO frequency as needed, when T/R switching occurs. Choose None if you do not wish to use split operation.

トランシーバのスプリット機能を使える時には、Audio信号の高調波がSSBフィルタを通過しないように、例えば 7.074MHz + 1,000Hz = 7.075MHz を 7.073MHz + 2,000Hz = 7.075MHz の組み合わせに仕立て直して送信制御する機能がWSJT-Xには準備されています。

VFOの無い13TR-FT8トランシーバではRadio設定に「None」を設定します。その代わり、Audio信号の副搬送波周波数を注意深く選ぶヒューリスティックフィルタが必要になるかもしれません。どの程度の高調波が出るかは後日評価することにします。

出力パワーの測定値とLTspiceシミュレーション推定値の比較

出力パワーの測定値とLTspiceシミュレーション推定値を下記にまとめます。

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前々回(13TR-FT8トランシーバ (14)電力増幅器のLTspiceシミュレーション - 非職業的技師の覚え書き)および前回(13TR-FT8トランシーバ (15)電力増幅器の組立とLTspiceシミュレーションの再確認 - 非職業的技師の覚え書き)で報告したとおり、LTspiceシミュレーションでは約2.6Wの出力が得られる結果となっていました。実測1.9Wとは0.7W(30%)の乖離になりました。

前回のLTspiceシミュレーションでは、励振増幅器に入力されるベース電圧信号を正弦波で近似しました。この近似誤差、もしくは考慮できていない損失等で乖離が発生した可能性があります。ピッタリ合うことは望むべくもないのですが、後学のためにトランジスタの電圧波形を測定し、どこで違いが生じたかを探りました。

励振増幅器の電圧波形測定

励振増幅器Q10)のベース電圧波形、エミッタ電圧波形、コレクタ電圧波形の測定結果を下記に示します。Audio TX信号の副搬送波周波数は2,000Hzです。CH1(黄色)が励振増幅器Q10)の各電圧波形を、CH2(青色)が出力確認のためのDummy Loadの電圧波形を示します。

ベース電圧波形

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励振増幅器Q10)のベース電圧波形

正弦波の上部が斜めに切断されたような波形を示します。電源極性保護のダイオードD7による電圧ドロップを1Vと想定すると、ベースバイアス回路によるベース電圧は約1.9V(=(12-1)*470/(470+2200))と推定されます。出力電圧(青色)が逆位相とすると、そのゼロ電圧クロス点のベース電圧は約1.9Vに見え、回路設計値と整合しています。ベース電圧実測値の変動幅は約0~3Vです。

前回(13TR-FT8トランシーバ (15)電力増幅器の組立とLTspiceシミュレーションの再確認 - 非職業的技師の覚え書き)のLTspiceシミュレーションでは、ベース電圧はバイアス約1.9V、Peak約3.8Vの正弦波としており、ベース電圧の飽和切断は考慮されていませんでした。これは緩衝増幅器(Q9)のコレクタ電圧を正弦波として近似していたためです。

上流に遡り緩衝増幅器(Q9)のコレクタ電圧を、トリマ調整されたプローブを用いて「等価時間サンプル機能」を16回に設定して改めて測定すると、正弦波の上部が斜めに切断された波形をこの段階で示すことが確認されました。励振増幅器Q10)のベースには、直流オフセットをカットしたこの波形が印加されていた訳です。電圧実測値の変動幅は約6.5~9.5Vです。

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緩衝増幅器(Q9)のコレクタ電圧
エミッタ電圧波形

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励振増幅器Q10)のエミッタ電圧波形

ベース電圧と同様の上部切断波形が表れていますが、切断区間がより急傾斜になっています。加えて、マイナスの位相で振動が載っています。トロイダルトランスT2のインダクタンスの影響でコレクタ電流が振動するためと思われます。エミッタ電圧実測値の変動幅は約1.7~2.4Vです。
前回のLTspiceシミュレーションでは、こういった振動は模擬されませんでした。理想コイルでは発生しない振動が浮遊容量等により発生するのでしょうか。平均電圧は近い値を示しているようですが、波高値はシミュレーションとは異なりました。エミッタ電圧シミュレーション値の変動幅は約2.0~3.0Vでした。4.7Ωという相対的に微小なエミッタバイアス抵抗の電圧を高精度にシミュレーションするのは難しいのかもしれません。

コレクタ電圧波形

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励振増幅器Q10)のコレクタ電圧波形

ベース電圧の上部切断波形の影響は視認できません。コレクタ電流の増加率(微分)に比例してT2の電圧降下が生じ、コレクタ電圧が減少するため、ベース電圧とは90度だけ位相がシフトします。ベース電圧がピークに達する付近でコレクタ電圧は底を打ちますが、2周期分の振動を生じています。このコレクタ電流起因の振動が、前記のエミッタ電圧にも反映されていました。振動の中心を取ると、コレクタ電圧実測値の変動幅は約10~13Vです。

前回のLTspiceシミュレーションでは、コレクタ電圧の低下時(コレクタ電流の増加時)に大きなアンダーシュートを生じていましたが、振動は僅かなものでした。実測でアンダーシュートが目立たないのは、浮遊容量によってコレクタ電流の増加率が緩和されていることが理由の候補として考えられます。その代わり、浮遊容量との電荷の出し入れによって振動が生じたとも考えられそうです。アンダーシュートを無視すると、コレクタ電圧シミュレーション値の変動幅は約10~13Vとなっていました。実測値とほぼ一致しています。

電力増幅器の電圧波形測定

励振増幅器Q10)のコレクタ電圧では、波形成分の細部(アンダーシュートの有無、振動の有無)は異なりますが、変動幅はほぼ一致していました。次に、電力増幅器(Q11、Q12、Q13)のベース電圧波形、エミッタ電圧波形、コレクタ電圧波形の測定結果を下記に示します。測定条件は励振増幅器と同じです。

ベース電圧波形

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電力増幅器(Q11)のベース電圧波形

トロイダルトランスT2の極性によって、励振増幅器Q10)のコレクタ電圧を反転した波形になります。上部に来た振動の中央を取ると、ベース電圧実測値の変動幅は約-1.0~1.5Vです。

前回のLTspiceシミュレーションも、励振増幅器Q10)のコレクタ電圧を反転した波形になるため、アンダーシュートが反転したオーバシュートがありましが、実測値にはありません。ベース電圧シミュレーション値の変動幅は約-0.7~1.7Vでした。オーバシュートがあることと、振動がないことを除いて、実測値とほぼ一致していました。

エミッタ電圧波形

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電力増幅器(Q11)のエミッタ電圧波形

ベース電圧波形上部の振動成分がそのままエミッタ電圧に反映されているようです。実測値の変動幅は振動の中央を取ると約0~0.9V程度と思いますが、振動のピークは2Vに達します。

前回のLTspiceシミュレーションでは、ベース電圧が反映されたオーバシュートがあり、代わりに振動がありませんでした。変動幅は約0~1.0Vで、実測値とほぼ一致していました。

コレクタ電圧波形

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電力増幅器(Q11)のコレクタ電圧波形

コレクタ抵抗R34およびインダクタL4によってコレクタ電流による電圧降下が生じるため、ベース電圧の位相を反転した波形になります。振動は電圧が下降した区間で生じているのですが、インダクタL4の効果か、大幅に振幅が縮小しています。実測値の変動幅は約0~26Vです。

前回のLTspiceシミュレーションでは、振動の無い波形で、変動幅は約0~28Vでした。振動がないことを除けば、実測値との大きな乖離はありませんでした。LTspice回路シミュレーションモデルには浮遊容量が反映されていないことが、波形成分の違いを生じる原因と考えています。

USBオシロスペクトラムアナライザ機能を用いて測定したコレクタ電圧の周波数スペクトルを下記に示します。T1(Trace 1)がコレクタ電圧の測定値で、その「FF」が基本波成分、「2nd」が第二高調波成分を表します。分解能帯域幅RBWは23kHzです。LPF入力前の基本波と第二高調波の差は僅か9.7dBc(= -0.5 + 10.2)でした。

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電力増幅器(Q11)のコレクタ電圧の周波数スペクトル

LPFの効果測定

上記のコレクタ電圧に含まれる高調波がLPFによって抑圧される効果を測定しました。LPFのトロイダルコイルL1、L2、L3通過後の各段階のRF電圧波形および周波数スペクトルを下記に示します。

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LPF一段目L1通過後

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LPF二段目L2通過後

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LPF三段目L2通過後

RF電圧波形はトロイダルコイルの電流微分により、各段を通過する毎に90度づつ位相がシフトします。第二高調波は1段ごとに約13dBc抑圧され、最終的に49dBcまで抑圧されました。これは測定状況によって2dBc程度ばらつきがあります。

LPFの挿入損失は特に見つかりませんでした。LPFの各段に損失があれば、電圧降下が線形に生じるはずと思い調べましたが、見つかりませんでした。出力パワーの実測値とLTspiceシミュレーション推定値の乖離は浮遊容量や素子のモデル化誤差によって生じたものと、現時点では考えています。

キットには組立スキルのばらつきが反映されます。以上の結果は非職業的技師の未熟な組立スキルが反映された個体の特性であることをお断りしておきたいと思います。

13TR-FT8トランシーバ (15)電力増幅器の組立とLTspiceシミュレーションの再確認

電力増幅器の組立

終段の励振増幅器、電力増幅器、およびLPFを組み立て、13TR-FT8トランシーバ の送信部が完成しました。

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13TR-FT8トランシーバ の送信部の組み立て完

励振増幅器Q10)のコレクタと電力増幅器(Q11、Q12、Q13)のベースを結合するT2の実装が分かり難いですが、混合器のT1の右側と同じコイルの構成として考えると分かり易いかもしれません。赤色と金色の2本のコイル線の終点と始点が結合した中点タップが12Vに接続します。

素子値の実測

終段回路のインダクタンスおよびLPFコンデンサの容量の実測値を下記にまとめます。トロイダルコアを用いたT2およびL1、L2、L3の設計値は不明のため、https://toroids.info/による計算値をノミナル値として「()」内に表記しました。

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素子の実測値

手巻きのT2およびL1、L2、L3のインダクタンスは2%の精度が出ました。ただし、L1、L2、L3の測定では「Low inductance」との警告が出たため、精度的に測定限界かもしれません。インダクタL4の偏差が大きく-13.2%でした。精度が要求されると推定されるLPFのコンデンサC37、C38も約4%の偏差となりました。

LTspiceシミュレーションの再確認

実測値に合わせてLTspiceモデルを更新し、回路シミュレーションを再確認しました。

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終段回路のLTspiceシミュレーションのモデル(実測値反映)
励振増幅器LTspiceシミュレーション

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励振増幅器LTspiceシミュレーション(実測値反映)

トロイダルトランスT2のインダクタンスのノミナル値からの偏差は-1.8%と小さいため、励振増幅器Q10)のエミッタ電圧Ve、コレクタ電圧Vc、コレクタ電流Icに目視可能な変化はありませんでした。

電力増幅器LTspiceシミュレーション

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電力増幅器LTspiceシミュレーション(実測値反映)

インダクタL4のインダクタンスのノミナル値からの偏差は-13.2%でした。コレクタの負荷が小さくなった影響か、コレクタ電流Final_Icが若干大きくなり、エミッタ電圧Final_Veも若干大きくなりました。

LPFのLTspiceシミュレーション(過渡解析)

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LPFのLTspiceシミュレーション(過渡解析)(実測値反映)

コレクタ電流Final_Icが若干大きくなったことを反映して、アンテナへの供給電圧の振幅は15Vから16Vに上昇しました。供給電圧は320mAで変わりません。電力は約2.4Wから約2.56Wに上昇しました。

終段部の受動素子の実測値のばらつきは、パワーが若干増えるという方向に作用していることが分かりました。

LPFのLTspiceシミュレーション(交流解析)

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オリジナルLPFの周波数応答(実測値反映)

オリジナルLPFの第二高調波付近14MHzの抑圧能力は、基本波付近7MHzに対して30.5dBcとなり、約0.5dBcほど小さくなることが分かりました。通過損失も-11mdBから-29.5mdBに若干増えました。

LPF部の受動素子の実測値のばらつきは、パワーが若干減る方向に作用していることが分かりました。ほとんど測定誤差の範囲に収まると思います。

第二高調波トラップ付きLPFのLTspiceシミュレーション(交流解析)

第二高調波起因のスプリアスが大きかった場合に備えて、プランBとしてのトラップ付きLPFへの影響も調べました。

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第二高調波トラップ付きLPFの容量探索(実測値反映)

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第二高調波トラップ付き最適LPF(129pF)の周波数応答(実測値反映)

手持ちコンデンサ2個の使用を制約条件にしてトラップ用追加コンデンサC0の最適容量値を探索したところ、前回と同じく129pFが最適値となりました。

同じ129pFですが、オリジナルLPFの素子値のばらつきによって共振周波数が変動したために第二高調波に対するトラップ精度は向上し、第二高調波付近14MHzの抑圧能力は70dBcから85dBcに拡大しました。プランBへの備えはより万全となりました。

13TR-FT8トランシーバ (14)電力増幅器のLTspiceシミュレーション

終段回路は、励振増幅器も電力増幅器もインダクタンスを要素に持ちます。励振増幅器と電力増幅器を分離してLTspiceシミュレーションを行うと、インピーダンス不整合によって精度が悪くなるように思えたため、LPFまで一式でシミュレーション回路を組みました。

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終段回路のLTspiceシミュレーションのモデル

前回(13TR-FT8トランシーバ (13)水晶フィルタの組立と測定 - 非職業的技師の覚え書き)測定したラダー型水晶フィルタの出力Tr(Q9)のコレクタ電圧波形を下記に示します。

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ラダー型水晶フィルタの出力

前々回(13TR-FT8トランシーバ (12)緩衝増幅器のLTspiceシミュレーション - 非職業的技師の覚え書き)の緩衝増幅器LTspiceシミュレーションによる電圧増幅率の推定13.6倍より小さく、4倍程度でした。前々回のシミュレーションモデルの中に、ラダー型水晶フィルタのモデルが入っていなかったのが原因かもしれません。

前回の実測結果に基づき、今回の励振増幅器Q10)への入力は振幅2Vのサイン波としてモデル化しました。

励振増幅器LTspiceシミュレーション

励振増幅器のシミュレーション結果を下記に示します。Tr(Q10)のコレクタ電圧の過渡応答の収束に、約5μsecが必要であることが分かりました。

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励振増幅器LTspiceシミュレーション(0~10μsec)

収束後の励振増幅器の応答を拡大して下記に示します。

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励振増幅器LTspiceシミュレーション(9.0~9.3μsec)

ベース電圧Vb(緑)とエミッタ電圧Ve(橙)の差が約600mVに拡大した時点で、コレクタ電流Ic(緑青)が流れ始め、コレクタ電圧Vc(赤)が降下しています。コレクタ電圧Vcには、インダクタンスの影響と思われるアンダーシュートが発生しています。

エミッタ接地抵抗を流れるコレクタ電流Icによって、エミッタ電圧Veも上昇するため、コレクタ電流Icの増加は制限されていると思います。Tr(2N4401)のON電圧特性を下記に引用します。

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Tr(2N4401)のON電圧特性

ベースエミッタ間電圧(Vb - Ve)は最大約0.79Vまで拡大しますが、この時のコレクタ電流Icはデータシートから約200mAとなり、シミュレーション結果と一致します。

励振増幅器のコレクタ電圧Vcは、サイン波ではなく、ON/OFFを繰り返す矩形波状になりました。

電力増幅器LTspiceシミュレーション

電力増幅器のシミュレーション結果を下記に示します。縦軸のスケールが合わないコレクタ電圧(Final_Vc)を除いた電力増幅器の応答を示しました。

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電力増幅器LTspiceシミュレーション(9.0~9.3μsec)

前記の励振増幅器のコレクタと電力増幅器のベースは、Bi-filar巻きのトロイダルトランス(T2)によって結合されています。コイルの極性から、前記で調べたコレクタ電圧Vcの波形を反転させて、電力増幅器のベースに印加しています。よって、ベース電圧Final_Vbの波形はオーバシュートを伴うON/OFF矩形波に近いものになります。

電力増幅器のコレクタ電流Final_Icは、オーバシュートの後に急減衰してから増加に転じる複雑な波形を示しています。電力増幅器はTr3並列の構成を取るため、コレクタ電流Final_Icの3倍の電流がLPFに流れます。

LPFのLTspiceシミュレーション(過渡解析)

LPFの過渡解析シミュレーション結果を下記に示します。縦軸のスケールが合わないために上記では省略した電力増幅器のコレクタ電圧(Final_Vc)も合わせて示しました。

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LPFのLTspiceシミュレーション(過渡解析)

電力増幅器のコレクタ電圧(Final_Vc)は、突発変化のないON/OFF矩形波を示しています。突発変化が無くても矩形による高調波を含むため、LPFの役割が重要になります。

LPFを通過したアンテナへの供給電圧ANT_Vも電流ANT_Iもサイン波に近い波形を示します。振幅はそれぞれ約15Vおよび約320mAです。

これらから計算される電力は約2.4Wになります。1Wのはずなので、どこかに誤りか、リアルとの乖離がありそうです。トランスの結合係数か・・・、水晶フィルタの想定出力か・・・。実測で確認したいと思います。

LPFのLTspiceシミュレーション(交流解析)

オリジナルLPF

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オリジナルLPFの周波数応答

オリジナルLPFの周波数応答シミュレーションから、第二高調波付近14MHzの抑圧能力は基本波付近7MHzに対して31dBcとなることが分かりました。

スプリアスは-50dBcに達するとの報告があるため、基本波に対する第二高調波の強度は-20dBc以下と推定されます。

第二高調波トラップ付きLPF

キットでは部品公差や組立スキルに依存して個体差が出ることをQCX+で経験済みです。

そこで、13TR-FT8トランシーバ のLPFについても、もしもの時に第二高調波トラップを付加するための検討を行いました。手持ちのコンデンサ2個の組み合わせで実現できるトラップ容量を4組設定して、最適なコンデンサの組み合わせをLTspiceシミュレーションで探索しました。

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第二高調波トラップ付きLPFの容量探索

オリジナルLPFの通過域が広いため、トラップ用のコンデンサを付加しても通過域には余裕があります。

124pF(=68+56pF)と129pF(=82+47pF)の間にトラップの最適値があることが分かりました。第二高調波14MHzよりもトラップは左の低周波数寄りにあった方が安全と考え、129pFを仮選定しました。

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第二高調波トラップ付きLPFの周波数応答

通過域の損失は僅かですが、-0.01dBから-0.5dBに拡大しました。第二高調波付近14MHzの抑圧能力は70dBcに拡大しました。基本波と同じ強度の第二高調波が来ても余裕です。

トラップ機能が必要になった際の本選定では、特にトロイダルコイルのインダクタンスを実測して再検討した方が安全です。