非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

13TR-FT8トランシーバ (7)VOX回路のLTspiceシミュレーション

局部発振器(LO)に続いて混合器(SBM)を組み立てる予定でしたが、AUDIO信号を混合するためにはRX/TX電子スイッチ(13TR-FT8トランシーバ (3)RX/TX電子スイッチ - 非職業的技師の覚え書き)を経由する必要があります。そこで、RX/TX電子スイッチに電源を供給するために、VOX回路(音声入力を認識すると自動で送信状態に切り替える回路)から組み立てることにしました。その前に、LTspiceを用いて回路の動作を調べました。

VOX回路

f:id:amat49:20211029201258p:plain

13TR-FT8トランシーバ のVOX回路

13TR-FT8トランシーバ のVOX回路は2つのTr(Q1およびQ2)から成り、RX/TX電源切替(およびRF信号切替)リレーをQ2のコレクタ電流によって駆動しています。Q2のベース電圧は電解コンデンサC4によって昇圧され、AUDIO入力信号によって駆動されるQ1がC4に電荷をポンピングしているようです。

AUDIO入力信号が無くなれば、電荷のポンピング供給が途絶えたC4が放電するに任され、Q2のベース電圧が降下してコレクタ電流が減少し、リレーがRX側に切り替わります。

VOX回路のLTspiceモデル

f:id:amat49:20211029213216p:plain

VOX回路のLTspiceモデル
RX/TX電源切換リレー

RX/TX電源切換リレーは部品の刻印(HK19F-DC12V-SHG)からデータシートを検索できます。主な仕様は次の通りです。

  • Coil Resistance at 20℃ ± 10%(Ω):720 Ω
  • Contact Resistance :100 mΩ (at 1A 6VDC)
  • Insulation Resistance :100MΩ (500VDC)
  • Max Operate Voltage:9.00V
  • Min Release Voltage:1.20V

コイルのインダクタンスはデータシートに記載されていませんでした。LCRメータで実測したところ、次の値が得られました。

  • Coil Inductance:466.1 mH (1kHz)
  • Coil Resistance:742.8 Ω (*+10%以内確認*)

LTspiceにリレーのモデルは標準では準備されていないため、次の情報を参考にさせて頂き、コイルとスイッチを組み合わせて作成しました。

コイル(K1_L)のモデルのパラメータ定義は「.param Lr=466m Rr=743 」としました。スイッチ(K1)のモデルのパラメータ定義は「.model K1 SW(Ron=100m Roff=100Meg Vt=7.8 Vh=1.2) 」としました。ヒステリシスも考慮したため、Vt = 9.00V - Vh = 7.8V です。

AUDIO_IN信号

PCヘッドフォンジャックからのAUDIO_IN信号のモデル化については判然としません。PCヘッドフォンジャックの電気特性に関しては次のWebページに詳しい調査結果の情報があり、参考にさせて頂きました。

「この測定結果を見ると、52Ω付近がノートパソコンのインピーダンスとなります。」との報告があります。入力インピーダンスが52Ωの時に最大電力を取り、電圧は0.392Vになるとのこと。13TR-FT8トランシーバのAUDIO_INの入力抵抗は47Ωであり、最適なインピーダンスに近い値となっています。そこで、AUDIO_IN信号は振幅0.5V、1kHzの電圧源としました。

VOX回路のLTspiceシミュレーション結果

AUDIO_IN信号によるリレー切替

LTspiceシミュレーション開始と同時にAUDIO_IN信号をVOX回路に入力して、リレーの応答を調べました。

f:id:amat49:20211029220822p:plain

AUDIO_IN信号によるリレー切替

AUDIO_IN信号の電圧をV(atx)(緑)、コンデンサC4の電圧をV(C4)(紫)、TrQ2のベース電圧をV(B)(青)、コレクタ電圧をV(C)(黄)、Tx電源電圧をV(12v_TX)(赤)として示しました。

AUDIO_IN信号V(atx)が入力されると、コンデンサC4の電圧V(C4)が漸近的に1kHzで脈動しながら増加していきます。同時に、TrQ2のベース電圧V(B)も増加し、約5ms時点でベース・エミッタ間飽和電圧(約0.75V)に到達します。

この付近で、コレクタ電流が流れ始めるため、コレクタ電圧V(C)が1kHzで脈動しながら下降します。コレクタ電圧V(C)がコレクタ・エミッタ間飽和電圧(0.4V以下)に到達した約6ms時点で、十分なコレクタ電流が流れてスイッチが切り替わり、Tx電源電圧が立ち上がります。ただし、AUDIO_IN信号V(atx)に同期した脈動によって、チャタリングが1回発生しています。

AUDIO_IN信号V(atx)に同期した脈動は、ベース電圧V(B)を決めるコンデンサC4への電荷のポンピングと放電のサイクルによって、一旦ベース電圧V(B)が微小下降することによって生じているのではないかと考えています。

スイッチのモデルにヒステリシスを入れたことによりチャタリングは発生しないと予想していましたが、発生してしまいました。ただし、リレーの応答時間は、Operate Time(作動時間?)が6ms、Release Time(開放時間?)が4msとなっており、仮想的な理想スイッチのように瞬時に切り替わることはないため、現実のリレーではチャタリングは発生しないのではないかと予想します。

VOX回路を組み立てて実測したところ、予想に反してリレーのチャタリングは発生しました。(13TR-FT8トランシーバ (9)VOX回路の組立と測定 - 非職業的技師の覚え書き

AUDIO_IN信号によるTrQ1の動作

同じ条件のまま、TrQ1の動作点を調べました。

f:id:amat49:20211030001902p:plain

AUDIO_IN信号によるTrQ1の動作

AUDIO_IN信号の電圧V(atx)(緑)とコンデンサC4の電圧V(C4)(紫)は同じです。TrQ1のベース電圧をV(B)(黄)、コレクタ電圧をV(C)(赤)、エミッタ電圧をV(E)(青)として示しました。

TrQ1はhFEの変化に対してロバストな自己バイアス回路になっています。TrQ1の各端子のDCバイアス電圧は目測から、Vdc(B)=4.6V、Vdc(C)=7.3V、Vdc(E)=4.1V です。これららのDC電圧は、回路組立後にDC電源を投入した直後の回路チェックの指針になります。

小信号ベース電圧 Vac(B) = V(B) - Vdc(B) として、AUDIO_IN信号V(atx)がそのまま重畳されています。その他の気づきとして、小信号エミッタ電圧 Vac(E) はマイナス振幅側が振り切れていません。コンデンサC2の放電の影響でしょうか。

小信号コレクタ電圧 Vac(C) の振幅は徐々に大きくなっています。コンデンサC3を経由して、小信号コレクタ電流で充電するコンデンサC4の電圧V(C4)と相関があると思われます。回路シミュレーションの利点を生かして、この関係を詳しく調べました。

AUDIO_IN信号によるコンデンサC4の充電

同じ条件のまま、コンデンサC4の周辺の電圧を調べました。

f:id:amat49:20211030133936p:plain

AUDIO_IN信号によるコンデンサC4の充電

AUDIO_IN信号の電圧V(atx)(緑)とコンデンサC4の電圧V(C4)(紫)は同じです。TrQ1のコレクタから小信号を取り出すコンデンサC3の反対電極側の整流ダイオードD1のアノードの電圧をV(D)(黄)として示しました。また、TrQ2のベース電圧をV(B)(青)として示しました。

アノード電圧V(D)は、AUDIO_IN信号電圧V(atx)に対して位相が反転しています。振幅は時間経過とともに増大し、コンデンサC4電圧V(C4)と相関していることが分かります。振幅の頂点は斜めに切断され、そこでコンデンサC4電圧V(C4)の昇圧ポンピングが行われています。アノード電圧V(D)とコンデンサC4電圧V(C4)の差は約0.6V強に維持されています。ダイオードD1(1N4148)のVF(Forward Voltage )のデータシート代表値は1Vですが、IF(Forward Current)に依存して連続変化します。LTspiceはVOX回路動作点でのVF=0.6V強と割り出したことになります。

アノード電圧V(D)がコンデンサC4電圧V(C4)に対してVF=0.6V強のオフセットを維持できない位相では、コンデンサC4電圧V(C4)は放電して電圧降下を生じることが明瞭に確認できます。放電しないとVOXのOFFが実現できないため致し方なしではあります。この影響を受けて、TrQ2のベース電圧V(B)も飽和開始近辺で微小脈動を生じます。これがリレーのチャタリングの原因です。先に言及したように、現実にはチャタリングは発生しない可能性も高いと思います。

AUDIO_IN信号のボリュームアップによる応答時間の変化

AUDIO_IN信号の電圧振幅を2倍に増大(0.5V ⇒ 1.0V)した場合のVOX回路の応答の変化を調べました。

f:id:amat49:20211030163120p:plain

AUDIO_IN信号の電圧振幅増大(0.5V ⇒ 1.0V)

リレーの切替時間が1ms程度速くなり、チャタリングが無くなりました。1サイクル当たりのコンデンサC4への電荷ポンピング量が多くなったことによる効果ですが、期待したほど速くはなりませんでした。

AUDIO_IN信号のボリュームダウンによる応答時間の変化

AUDIO_IN信号の電圧振幅を0.4倍に減少(0.5V ⇒ 0.2V)した場合のVOX回路の応答の変化を調べました。

f:id:amat49:20211030164304p:plain

AUDIO_IN信号の電圧振幅減少(0.5V ⇒ 0.2V)

右図(0.2V)の横軸(時間軸)のシミュレーション時間は、左図の20msから2倍の40msに増やしてあります。

リレーの切替時間が15ms程度遅くなり、チャタリングが増加しました。1サイクル当たりのコンデンサC4への電荷ポンピング量が少なくなったことによる副作用です。放電を補うことが難しくなった様子が伺えます。

AUDIO_IN信号の電圧振幅を0.2倍まで減少(0.5V ⇒ 0.1V)すると、VOX回路はリレー切替ができなくなりました。コンデンサC4の充電と放電の均衡点のようです。

AUDIO_IN信号OFFに対する応答

AUDIO_IN信号を10サイクル目(10ms)でOFFにして、リレーがON(TX)からOFF(RX)になる応答を調べました。

f:id:amat49:20211030165856p:plain

AUDIO_IN信号のOFFに対する応答

AUDIO_IN信号の電圧をV(atx)(緑)、コンデンサC4の電圧をV(C4)(紫)、TrQ2のベース電圧をV(B)(青)、コレクタ電圧をV(C)(黄)、Tx電源電圧をV(12v_TX)(赤)として示しました。

コンデンサC4への電荷ポンピングが無くなり、緩慢に放電して電圧V(C4)が減少していきます。14ms手前(OFFから4ms)でコレクタ電圧V(C)が立ち上がり、コイルK1_Lの電圧が立下ります。15ms(OFFから5ms)でリレーはOFFに転じています。電荷のポンピングが伴わないため、チャタリングは発生していません。

 

LTspiceによる回路シミュレーションにより、VOX回路の動作原理の確認、動作点バイアス電圧等の事前確認、定量的動作速度等の事前予測を行うことができました。回路に詳しい方なら、最適改良案を検討することもできるかもしれません。