非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

AFP-FSK Transceiver(5)LPFのトランジェント解析

AC解析によってLPFの性能は検討できますが、LPFに入力される高調波の強度が不明なため、スプリアス規格を満たすかどうかまでは分かりません。そこで、LPFと共に電力増幅回路をLTspice回路図に組込み、トランジェント解析を試みました。

LPFのLTspiceトランジェント解析モデル

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LPFのトランジェント解析モデル(40mの例)

LOのSi5351A(購入機はMS5351M)の出力はそのままコネクタ経由で基板上を引き回されているため、浮遊容量等により矩形パルスがダンピング変形していると思いますが、緩衝増幅や励振増幅の役割を果たす74HC02(購入機は高速版の74AC02)によって再び矩形パルスに成形されると考えました。そこで、トランジェント解析モデルでは74HC02の出力をパルス電源によって置き換えました。何れにせよ、電力増幅のBS170はスイッチング駆動のため、どのタイミングでゲート電圧のThresholdを切るかという問題になると思います。

実は、標準ライブラリの中に無い74AC02のLTspiceモデルをトランジェント解析モデルに一度組み込んでみたのですが、「括弧が足りない」旨のエラーが発生したため、使用を断念しました。

N-MOSFETのBS170のLTspiceサブサーキットモデルは<http://ltwiki.org/files/LTspiceIV>の中に見つかりました。シンボルは標準で備わるnmosのシンボルを流用しました。Zener Diodeの1N4756Aも同様です。サブサーキットモデルのため、シンボルのテキストファイルの中で「SYMATTR Prefix X」として「X」を指定することがポイントです。また、ライブラリパスの登録が上手く行かないことがあるため、回路図の中に直接「.lib ・・・」Directiveを記述しました。

チョークコイルL1は回路図に巻き数しか記載がないため、<https://toroids.info>でインダクタンスを計算しました。

トランジェント解析結果(40m)

40mのBS170のVgs(Gate-Source Voltage)、Vds(Drain-Source Voltage)、Id(Drain Current )のトランジェント解析結果を以下に示します。

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40mのトランジェント解析結果 - BS170のVgs、Vds、Idの関係

Vdsの傾きがゼロになる変曲点の谷でVgsがONになり、スイッチングしていることが分かります。フライホイール回路を最適化した理想的なE級増幅であれば、この変曲点のVdsはゼロボルトになっているはずですが、解析結果は12Vでした。トランジェント解析モデルに反映できていない浮遊容量等によって、実回路ではゼロボルトでスイッチングするのかもしれません。

あるいは、LPFのコイルL3がフライホイール回路のコイルを兼業しているため、最適化できていないのかもしれません。組立マニュアルには、出力の最適化のためにコイルL3の巻線間隔を微調整するように指示があります。

LPF入力のVdsとLPF出力のVant(空中線電圧)のトランジェント解析、およびそのFFT結果を以下に示します。

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40mのトランジェント解析結果 - LPF入力のVdsとLPF出力のVant(空中線出力電圧)の関係

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40mのトランジェント解析結果 - LPF入力のVdsとLPF出力のVant(空中線出力電圧)のFFT

LPFによってVantは正弦波に近くなります。FFTの結果を見ると、LPF入力のVdsの第二高調波(14MHz)は基本波(7MHz)に対して6dBc小さいだけの強度を持っていますが、LPF出力のVantの第二高調波はLPFによって抑圧され、52dBcの強度となってスプリアス規格を満たします。LPFの抑圧能力は46dBc(= 52 - 6)となり、前述のAC解析結果より大きな値となっていますが原因は不明です。

一方、第三高調波(21MHz)の強度は44dBcもあります。これが、ウェーブトラップを第二高調波に最適化していない理由かもしれません。この仮説が正しければ、コイルL2に加えてコイルL3に対してもウェーブトラップを二重に設ける必要があるかもしれません。過去に調査したRS-HFIQにその実例があります。

Vant(空中線電圧)とIant(空中線電流)のトランジェント解析結果を以下に示します。

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40mのトランジェント解析結果 - Vant(空中線電圧)とIant(空中線電流)の関係

これより、空中線パワーは1.9Wになります。奇しくも、先に組み立てた13TR-FT8トランシーバと同じパワーの予測になりました。両者の電力増幅回路の構成は似ているため、不思議ではないのかもしれません。

ただし、AFP-FSK Transceiverは5Wと紹介されているため、E級増幅の最適化が反映されていないことを意味しているのかもしれません。同じBS170を3並列で用いたQCXの場合は、5W前後が得られていました。

組立マニュアルには、出力の最適化のためにフライホイール回路のコイルL3の巻線間隔を微調整するように指示があります。回路図にコイルL3のインダクタンスの設計値の記載はありません。そこで、シミュレーションの利点を生かして、出力に対するコイルL3の感度を調べました。

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フライホイール・コイルL3の最適化シミュレーション

https://toroids.info>から巻数の指示に対するコイルL3のインピーダンスは1.3[μH]でした。シミュレーション探索の結果、最適インピーダンス1.6[μH]で3.1[W]が得られることが分かりました。まだ5[W]には届きませんが、コイルL3の調整で出力が変わることは事前に分かりました。

この時のVgs、Vds、Idの関係を下記に示します。

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トランジェント解析結果 - BS170のVgs、Vds、Idの関係(L3=1.6[μH])

Vdsの傾きゼロの変曲点は2V以下になりましたが、Vgsのスイッチングより後方に移動してしまいました。Vgsのスイッチング時のVdsは8Vであり、従来の12Vよりは小さくなっていますが、さらに改善の余地があります。タイミングを合わせるためには、コイルL3の調整だけでは自由度が足りないように思えます。

コイルL3を1.6[μH]にするためには、巻数を18回から2回増やしてコイルL2と同じ20回にする必要があります。巻線間隔の微調整だけでは達成できない値と思います。やはり、浮遊容量等の解析モデルに反映できていないパラメータの効果を含めて、実測で確認する必要がありそうです。

共振現象を応用するE級増幅回路が微妙なバランスの上に成り立っていることが分かりました。QCXと同じく、組立後の出力が思わしくない場合には調整能力(根気)が問われるキットと思います。

トランジェント解析結果(30m)

30mのBS170のVgs(Gate-Source Voltage)、Vds(Drain-Source Voltage)、Id(Drain Current )のトランジェント解析結果を以下に示します。

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30mのトランジェント解析結果 - BS170のVgs、Vds、Idの関係

Vdsの傾きがゼロになる変曲点の谷より少し遅れてVgsがONになり、スイッチングしていることが分かります。フライホイール回路を最適化した理想的なE級増幅であれば、この変曲点のVdsはゼロボルトになっているはずですが、解析結果は15Vでした。

LPF入力のVdsとLPF出力のVant(空中線電圧)のトランジェント解析、およびそのFFT結果を以下に示します。

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30mのトランジェント解析結果 - LPF入力のVdsとLPF出力のVant(空中線出力電圧)の関係

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30mのトランジェント解析結果 - LPF入力のVdsとLPF出力のVant(空中線出力電圧)のFFT

LPFによってVantは正弦波に近くなります。FFTの結果を見ると、LPF入力のVdsの第二高調波(20MHz)は基本波(10MHz)に対して0.4dBc小さいだけのほぼ同じ強度を持っています。LPF出力のVantの第二高調波はLPFによって抑圧され41dBcの強度となりますが、スプリアス規格には届きません。第三高調波(21MHz)も42dBcの強度を持っています。

Vant(空中線電圧)とIant(空中線電流)のトランジェント解析結果を以下に示します。空中線パワーはわずか1.06Wになりました。

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30mのトランジェント解析結果 - Vant(空中線電圧)とIant(空中線電流)の関係

トランジェント解析結果(20m)

20mのBS170のVgs(Gate-Source Voltage)、Vds(Drain-Source Voltage)、Id(Drain Current )のトランジェント解析結果を以下に示します。

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20mのトランジェント解析結果 - BS170のVgs、Vds、Idの関係

Vdsの傾きがゼロになる変曲点の谷でVgsがONになり、スイッチングしていることが分かります。フライホイール回路を最適化した理想的なE級増幅であれば、この変曲点のVdsはゼロボルトになっているはずですが、解析結果は10Vでした。

LPF入力のVdsとLPF出力のVant(空中線電圧)のトランジェント解析、およびそのFFT結果を以下に示します。

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20mのトランジェント解析結果 - LPF入力のVdsとLPF出力のVant(空中線出力電圧)の関係

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20mのトランジェント解析結果 - LPF入力のVdsとLPF出力のVant(空中線出力電圧)のFFT

LPFによってVantは正弦波に近くなります。FFTの結果を見ると、LPF入力のVdsの第二高調波(28MHz)は基本波(14MHz)に対して強度が大きくなっています。LPF出力のVantの第二高調波はLPFによって抑圧され50.2dBcの強度となり、スプリアス規格をボーダーライン上で満たします。一方、第三高調波(42MHz)は43.1dBcの強度を持ち、スプリアス規格を満たしません。第二高調波(28MHz)に最適化したウェーブトラップをLPFに備えた影響かもしれません。第三高調波(42MHz)に最適化したウェーブトラップをLPFに増設すると改善するかもしれません。

Vant(空中線電圧)とIant(空中線電流)のトランジェント解析結果を以下に示します。空中線パワーはわずか0.56Wになりました。

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20mのトランジェント解析結果 - Vant(空中線電圧)とIant(空中線電流)の関係

LPFのトランジェント解析のまとめ

トランジェント解析によって、E級増幅回路のタイミング可視化の可能性があることが分かりました。ただし、一般的なことですが、シミュレーションの精度を確保するためには、リアルを反映したモデルの構築が必要です。

今回のモデルが十分な精度を有しているかどうかは、出来上がった回路を測定してみないと判断できません。しかし、推定される出力パワーが小さ過ぎるため、どこかに瑕疵か齟齬が有ると考えるのが妥当なような気がします。

例えば、リアルでもこれだけ効率が悪ければBS170が発熱し、FT8の15秒の連続送信に耐えられないと思われるのですが、特に放熱の仕掛けをキットは持っていません。前のバージョンではQCXのようにBS170を基板に密着させて放熱していたようですが、今回のバージョンではBS170は起立しています。5W出力で発熱しないことを前提にした設計になっているため、リアルの効率は高いと推測しています。