AFP-FSK Transceiverの送信電力およびスプリアスの測定を行いました。
送信電力の測定
送信電力の事前予測
事前のLTspiceシミュレーションでは1.9Wと予測されていました。
しかし、マニュアルには13.8V電源で5W超になると書かれています。終段FET(BS170 ×3)の放熱の仕掛けがないため、5Wを大きく超過する場合はLPF1段目のL3コイルの巻線の粗密を故意にアンバランスにして出力をダウングレードするように指示まであります。普通に作っても約5Wは達成できるようです。
送信電力の測定結果
まず、以下の系統で送信電力を測定しました。AFP-FSK Transceiverには強制送信テストピンがあり、これをGNDに落としたことをATMEGA328Pが検出すると送信モードに切り替わります。WSJT-X と接続していなくても、AFP-FSK Transceiver単体で送信テストが可能です。
送信電力の測定は2つの方法で行いました。1つ目はDMM(Kaiweets)によるピーク電圧の測定です。ダミーロード(QRP Labs)付属の整流回路のコンデンサの電圧を測定しました。予め測定してある整流回路のダイオードの順方向電圧0.61Vも考慮しました。
2つ目は、オシロスコープによる電圧波形の測定です。オシロスコープにはUSBオシロのAnalogDiscovery2(Digilent)を使用しました。電圧の基準は内蔵されている高精度抵抗です。サンプリング周波数100MHzは7MHzのRF信号の波形測定には役不足のため、タイミングをずらしたサンプリングを複数回行って重畳描画するOvers機能を使用しました。
DC電源を12Vと13.8Vとした場合の送信電力の測定結果、および送信電圧波形は以下となりました。DMMとオシロでは14%程度の差が生じました。マザー測定器が無く校正していないため、どちらも高精度な測定方法という訳ではありません。「このぐらいの範囲にある」との結論になります。
いずれにせよ、13.8V電源では5W超の出力となり、LTspiceシミュレーション予測よりもマニュアルが正しかったことが判明しました。L3の巻線の状態を写真で拡大すると、均等な粗密になっていないことが分かります。BS170 ×3並列から無調整で5Wを絞り出せるということは、再現性の高い設計になっているようです。
QRP LabsのQCXは基板に放熱する実装方式を採用していますが、AFP-FSK Transceiverは自然空冷です。放熱の仕掛けがないためか、連続送信をしていると僅かずつですが送信電圧が減少して行きます。こういった出力の経時減少トレンドは他のQRPトランシーバにも見られたため、AFP-FSK Transceiverに特別な現象ではありません。放熱の仕掛けがない以上、L3巻線の最適化による出力アップは不要と判断しました。QRPはDC電源で調整できます。
E級増幅スイッチングタイミングの測定
なぜ、LTspiceシミュレーションの出力予測値が1.9Wに大きく乖離したのでしょうか。
- シミュレーションモデルに乖離があった、
- 実回路の考慮できていない寄生パラメータによってE級増幅のスイッチングタイミングがずれた、
等の理由が考えられます。前者については当局の技術力では処置なしとなるため、後者のスイッチングタイミングについて調べてみました。
以下の系統でE級増幅スイッチングタイミングを測定しました。終段FETのゲートに接続したテストピンTP4の出番です。ゲート電圧はTP4で測定できますが、ドレイン電圧を測るための手懸りをMainボード側に設けていなかったため、プローブのアクセスが容易なLPFの入力電圧を測定しました。コンデンサC7を通過するためAC電圧として測定することになります。
最初に、ダミーロードの送信電圧Vant(赤)とゲート電圧Vgs(黄)の測定結果を下記に示します。この測定を行った理由は、送信電圧(赤)に反復再現性の高いトリガーを掛けて、Overs回数を多くした重畳描画機能を利用できるからです。下記測定ではOvers = 32回としました。疑似サンプリング周波数は3.2GHz相当になります。
終段FETのBS170のゲートしきい値電圧Vth(青)は、データシートからTyp. 2.1V(Min. 0.8V ~ Max. 3V)となり、ウェハ上のゲート寸法やイオン打ち込み量の製造ばらつきが大きいようです。グレード分けをしていないからでしょうか。特に運悪くMin.に当たるとチャタリングが発生しそうです。上の測定結果にはTyp. 2.1VのVth(青)を記入しました。
一見すると、ゲート電圧Vgs(黄)ONで送信電圧Vant(赤)が立ち上がり、OFFで立ち下がっているように見えます。ただし、送信電圧Vant(赤)はLPFによって位相がズレているため、タイミングの比較は正しくありません。あくまで、疑似サンプリング周波数3.2GHzによるゲート電圧Vgs(黄)の波形を確認するための測定です。
次に、本命のドレイン電圧Vds(赤)とゲート電圧Vgs(黄)の測定結果を下記に示します。反復再現性の高いトリガーを掛けることが難しく、重畳描画Overs = 2回が限界でした。疑似サンプリング周波数は200MHz相当に低下しました。
ゲート電圧Vgs(黄)にリンギングが発生していますが、先の結果から反復トリガータイミングの誤差の可能性が高いことが分かります。これは無視しても良いでしょう。
ドレイン電圧Vds(赤)が立ち下がって低レベルになったタイミングでゲート電圧Vgs(黄)がONになり、OFFになったタイミングでドレイン電圧Vds(赤)が立ち上がっていることが分かります。E級増幅器としてのスイッチングが達成されているようです。
上記実測結果と乖離していたLTspiceシミュレーションの結果を下記に再掲します。プロットの色は次のように代わっています。
ゲート電圧Vgs(黄)ONで送信電圧Vant(緑)が立ち上がり、OFFで立ち下がるタイミング関係は実測と同じです。ただし、振幅Vpは実測より小さくなっています。
ゲート電圧Vgs(黄)OFFでドレイン電圧Vds(青)が立ち上がるタイミングは実測と同じです。しかし、ゲート電圧Vgs(黄)ONのタイミングでドレイン電圧Vds(青)はまだ下がり切っていません。ドレイン電圧Vds(青)の立下り応答が遅いようです。シミュレーションを繰り返して、ドレイン電圧Vdsの応答因子を探せば原因が分かるかもしれません。別の機会の宿題にしたいと思います。
スプリアス領域における不要発射の強度の測定
測定方法
上記のLPFを通過した送信電圧Vant(赤)の波形は、まだ正弦波に対して歪んでいるかもしれません。E級増幅の出力波形を正弦波に矯正するには強力なLPFが必要になります。過去の経験では、コイル3段に加えて第二高調波トラップが必要になるケースがありました。AFP-FSK TransceiverのLPFは、コイル2段に第二高調波トラップを付加した構成です。経験値が覆されるかどうか、実力を測定しました。
tinySAを用いた「スプリアス領域における不要発射の強度」の測定系統図と測定の様子を下記に示します。
DC電源を12Vとした時の送信電力は、3.8~4.3(W) = 35.8~36.4(dBm)でした。よって、ステップアッチネータ(PacificAntenna)による減衰を38(dB)以上に設定すれば、tinySAへの入力を0(dBm)以下に制限できます。
tinySAはPC上のtinySA-Appから制御しました。周波数掃引範囲は1~36MHzとしました。分解能帯域幅RBWは自動設定とし、周波数掃引点数を変えて測定を繰り返しました。
周波数掃引500点
周波数掃引1,000点
周波数掃引3,000点
周波数掃引10,000点
まとめ
「スプリアス領域における不要発射の強度」の測定結果を下表にまとめます。最も強度が高い不要発射は第三高調波の-58.9(dBc)でしたが、スプリアス規格を満たします。
LPFの換装を覚悟していたのですが、良い意味で期待を裏切られました。不要発射が良く抑制されている理由としては、
-
LPFの性能が高い、
- E級増幅の出力の高調波が少ない、
の2点が考えられます。
40m QCX+の経験を振り返ると、後者のE級増幅回路の構成は微妙に異なる点もありますが、同じ終段BS170 ×3のピークVdsが40(V)になる点等は共通です。
一方、40m QCX+のオリジナルのLPFで問題になった不要発射は第二高調波の-48.9(dBc)であり、第三高調波以上は有意な不要発射が観察されていませんでした。
これに第二高調波トラップを付加して-67.4(dBc)とし、スプリアス規格をクリアーしたのでした。
AFP-FSK Transceiverの40m LPFは第二高調波トラップを最初から備えており、奇しくも第二高調波は同じ-67.4(dBc)でした。第三以上の高調波も-58.9(dBc)以下ではありますが有意な値が観察されています。ここにQCX+より少ないコイル2段の性能が顕現しているとすれば矛盾なく妥当な結果です。コイル2段のLPFでも、E級増幅の第三以上の高調波に対してスプリアス規格をクリアーするには十分な性能だったという結論になります。第二高調波に対しては性能が不足するため、トラップを仕掛けることが必要になります。
帯域外領域におけるスプリアス発射の強度の測定
測定方法
USBドングルSDRのSDRplay(RSP1A)を用いて「帯域外領域におけるスプリアス発射の強度」を測定しました。測定系統図と測定の様子を下記に示します。
20dBカプラ、41dBステップATT、20dB固定ATTを用いて送信電力を計61dB減衰させ、USBドングルSDRに入力しました。概算で約-45dBmの強度に落ちているはずです。
測定結果
USBドングルSDRへの入力信号の強度は約-46dBmでした。公称値による机上の概算との乖離は1dBmでした。帯域外±10kHzの領域のスプリアス発射の強度は-112dBm以下でした。これは-66dBcのスプリアス発射となり、スプリアス規格を満たします。
USBドングルSDRのSDRplay(RSP1A)とPCソフトウェアSDRunoの組み合わせによるRBWは最小5.09Hzになります。どんどん周波数軸を拡大したくなります。最大限拡大した結果を下記に示します。
送信信号の両脇にスプリアス信号?が見えてきました。強度は-54dBcのため問題ありませんが、気になります。PLLシンセサイザMS5351Mのジッタかとも思いましたが、周波数の差を確認すると±50Hzでした。AFP-FSK方式に混合器は存在しないため、正体は不明ですが、AC電源由来のノイズと考えています。
そういえば、ダイレクトコンバージョン方式のRx系には混合器SA612Aがありました。Tx時にはFETでRx系統を遮断しているのですが、ここに回り込んでいるのかもしれません。HF信号と油断して、AFP-FSK Transceiverも測定系もメタルケースに入っていないため、回り込んでも不思議ではないと思われます。
まとめ
出力もLPFの性能も期待以上でした。40mのLPFの他に、30mと20mのLPFの部品も付属します。加えて、他のHFバンドのLPFの諸元もマニュアルに記載されています。オールバンドディジタル機を目指し、他のLPFも製作したいと思います。