動機
RS-HFIQのBIT(内臓テスト)機能をQuiskに実装した動機はIQバランスの校正です。ダイレクトコンバージョン方式のSDRの場合は、送信も受信もアナログ回路の部品公差の管理だけでイメージ抑圧を達成するのは困難であり、IQバランスの校正が性能を左右します。
RS-HFIQの場合、アナログ回路の調整箇所はありません。IQバランスの校正はSDRソフトウェア側で対応する必要があります。ソフトウェアの方がアナログ回路よりも柔軟な校正ができるはずです。
QCX振り返り
ここで、IQバランスの校正を既に経験したQCX+ 5W CW transceiver kitを振り返るのも、アナログTransceiverとSDRの比較という観点で有益と思います。
QRP Labs社のQCXはマイコン制御のアナログCW Transceiverですが、受信部にはQSD(直交検波器)を採用し、RF信号をAFトーン信号にダイレクトコンバージョンしています。受信IQオーディオ信号の合成によるイメージ抑圧は、オペアンプによるアナログ位相シフトと加算で実現しています。
位相シフタ回路には可変抵抗による2ヵ所の位相シフト調整箇所があり、CWフィルタ回路の加算入力部にも可変抵抗による振幅バランス調整箇所が設けられています。位相シフト調整箇所が2ヵ所設けられている理由は、オーディオ周波数の高域と低域の調整に対応するためです。
下記NA5Y局OMのYouTube(6:00頃から)にオシロスコープを用いたQCX(初期機種)のIQバランス校正のデモがあり、QCX+組立時に参考にさせて頂きました。
QCXのソフトウェアはQRP Labs社の非公開IPとなるため詳細は不明ですが、Si5351Aを活用したBIT機能が組み込まれており、マニュアルに従って操作すればIQバランスの校正を行うことが出来ました。もしBIT機能が無かったとしたら、イメージ抑圧の性能はかなり劣化したのではないかと想像されます。
QuiskのIQバランス校正
校正対象範囲
QCXで振り返ったように、IQバランスの校正はオーディオ周波数帯域の全域で行う必要があります。さらに、Quiskのドキュメント「Quadrature Mixer Corrections」には、各バンド個別にバンド周波数全域で行う必要がある旨の記載があります。
さすがに全域で校正データを隈なく収集することは困難なため、Quiskには校正線の補間機能が実装されているようです。要所を数点校正すればSaveしたデータから校正データを補間してくれるようです。
QCXの場合は高域と低域を調整すれば、アナログ回路の連続特性からオーディオ周波数全域の校正をカバーできました。一方、Quisk SDRはディジタル補間によって同様の全域校正を実現していることになります。
校正方法
受信模擬信号を生成可能なRS-HFIQ BIT機能の制御パネルをQuiskに実装したため、少なくとも受信部については自動校正が最終目標です。
一方、QuiskにはGUIのスライダを用いたIQバランス手動調整機能が提供されています。まず、その機能を用いて校正を試行し、感度を体感することにしました。
校正画面呼び出し
①Configボタンのクリック、②Configタブのクリック、③Rx Phase..ボタンのクリックで、受信IQバランス校正画面が開きます(下図参照)。送信IQバランス校正画面はその下のボタンで開きます。
USB側BIT信号注入
VFO(LO)= 7,020KHzに対してUSB側に7,021KHzのBIT信号を注入しました。IQバランス校正前の状態を下記に示します。
VFO = 7,020KHzを挟んで逆サイドのLSB側にイメージが認められ、その強度は約-40dBcになります。ノイズレベル-90dB(-70dBc)に対して十分大きな信号強度になります。
なお、第3高調波、第7高調波、第11高調波も認められます。これらはイメージを抑圧しても存在することから、イメージ信号の高調波ではないことが確認できました。Si5351Aが発生するBIT信号が矩形波であることに起因して、どこからか回り込んでいるのではいかと考えています。奇数次が全て発生していない理由は不明です。
上記画像の下側のパネルがIQバランス校正用画面です。スライダーが4本あり、全て中央位置に初期化されています。上から、(A1)振幅精密調整、(A2)振幅粗調整、(P1)位相精密調整、(P2)位相粗調整の各スライダーです。これらのスライダーを動かしてイメージ抑圧を図りました。
USB側BIT信号のLSB側イメージ抑圧の試行
(A2)振幅粗調整、(P2)位相粗調整、(A1)振幅精密調整、(P1)位相精密調整の順番にスライダーを操作してイメージ抑圧を図りました。合理的な校正GUIであることが体感できました。
イメージをノイズフロアから時々頭を出すレベル-85dB(-70dBc)にまで抑圧できました。振幅の補正量は-0.008030、位相の補正量は0.678354(単位不詳)でした。
高調波の強度は-50dBc以下ですが、イメージ信号の強度変化とは関係なく、そのままの強度で残っていることが確認できます。
LSB側BIT信号注入
そのままの状態で、VFO(LO)= 7,020KHzに対してLSB側に7,019KHzのBIT信号を注入しました。IQバランス校正前の状態を下記に示します。
VFO = 7,020KHzを挟んで逆サイドのUSB側にイメージが認められ、その強度は約-32dBcになります。前記のLSB側のIQバランス校正はUSB側に対しては効果が無い、あるいは逆効果をもたらしていることになります。
LSB側BIT信号のUSB側イメージ抑圧の試行
LSB側と同様に、USB側もイメージをノイズフロアから時々頭を出すレベル-85dB(-70dBc)にまで抑圧できました。振幅の補正量は0.022506(LSB側-0.008030)、位相の補正量は0.591768(LSB側0.678354)でした。
USB側の位相の補正量はLSB側に対して13%の違いに留まりますが、振幅の補正量は符号が逆転していることがわかります。1セットの補正量では両サイドに対応できないことが確認できました。
USB側BIT信号再注入
元に戻ってUSB側に7,021KHzにBIT信号を再注入すると、校正前よりも強度の大きい-36dBc(元は-40dBc)のイメージ信号が確認されました。振幅の補正量が望ましい値よりも逆側に調整されているためと思われます。
計画
以上の試行により、複数点でIQバランス校正を行い、各点で適切な校正を適用する必要があることが分かりました。
今後、Quiskの校正点記録方法、校正量補間方法を調査し、補間校正性能を評価したいと思います。