非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

室内ロングワイヤーアンテナはDXCCの夢を見るか(24)

3Y0K(ブーベ島)2026/03/13伝搬実例のシミュレーション解析

前回報告で「今回の3Y0Kの伝搬実例も解析されることを期待」と記しましたが、他力本願ではなく自力でHF-STARTを用いた伝搬シミュレーションを試みました。結果、2026/03/13の3Y0K 15m FT8の異常伝搬をシミュレーションできましたので報告します。

HF-START

HF-START(High Frequency Simulator Targeting for All-users’ Regional Telecommunications)は国立研究開発法人NICT、国立研究開発法人ENRI、千葉大学を中心とする研究グループが開発した短波帯電波伝搬シミュレータであり、Web Toolが公開されています。CQ誌の解説を参照したところ、このWeb Toolが使い易そうだったため、3Y0Kの異常伝搬解明に適用しました。

HF-STARTは電離圏電子密度分布に基づいて短波帯電波伝搬をシミュレーションすることができます。用いる電離圏電子密度分布には三つの選択肢があります。CQ誌の解説によれば、DX通信のシミュレーションにはGAIA(全球大気圏・電離圏モデル)が好適のようです。

GAIAは九州大学、成蹊大学、NICTの研究者らが中心となって進めているプロジェクトです。HF-STARTとはNICTが重なっているだけなので、別のプロジェクトであることが分かります。

GAIAモデルは、次の三つの領域モデルの結合によって形成されているとのこと。

  1. 大気圏モデル
    地球の全中性大気領域を扱う大気大循環モデル。対流圏の気象過程から熱圏の光化学反応や電離圏とのやりとりまで含む。
  2. 電離圏モデル
    地球の電離大気領域を扱う流体モデル。各イオン(O+, O2+, N2+, NO+)の光化学反応も含む。
  3. 電気力学モデル
    熱圏の流体運動が電離圏電流・電場を生成する過程を扱うモデル。中性大気と電離大気をつなぐ役割を担う。

この複雑なモデルを用いれば、異常伝搬の原因として着目する「赤道異常」をシミュレーションできそうな雰囲気がします。

HF-START Web Toolの設定

下記のWeb Tool画面に記した番号順に伝搬経路設定を行います。

注意点として、④日時設定の「分」は15分と45分の二択です。スーパーコンピュータを使ったGAIAモデルの実測データ同化の時間間隔が30分間隔であるためと思われます。その場でGAIAモデルを計算するのではなく、計算済みGAIAモデルのライブラリストックを引き当ててHF-STARTシミュレーションを行うイメージです。

⑤送信地点選択は「日本の都市」となっていますが、実際は「都道府県」の選択です。県庁所在地しか選択肢がありません。全球の伝搬シミュレーションのため、都市レベルの分解能は不要かと思います。

⑧打ち上げ角は、伝搬シミュレーションにおけるクリティカルパラメータであることか分かりました。変則的な室内LWアンテナの打ち上げ角は測定実例が無く、また実測もできないため良く分かりません。最初はディフォルトの45度でシミュレーションを行ったところ、3Y0Kへの伝搬パスは無しと出力されました。そこで、パラメータ探索の要領で30度、20度、15度の三つの打ち上げ角の伝搬経路を設定してシミュレーションを行ったところ、ようやく(異常な)伝搬パスが見つかりました。室内LWアンテナの打ち上げ角は思ったより低く、DXに好適なアンテナになっているのかもしれない・・・という推定が得られたことが今回の伝搬シミュレーションの成果の1つです。

HF-START Web Toolの出力

計算時間は実測していませんが、さほど待つ必要もなく、下記の出力画面が表示されました。なお、下記出力画面は「ポップアップ画面」扱いになるため、ブラウザに表示許可を与える必要があります。

画面左上に伝搬経路の側面図が表示され、左下に俯瞰図が表示されます。初期設定は全球範囲になっているため分解能が粗いのですが、一目で赤道異常を利用した伝搬であることが分かります。詳細は「詳細設定」ボタンで表示範囲と表示視点を変えて調べる必要があります。画面右のテキストボックス内には、ホップの定量的情報等を含む伝搬情報が表示されます。目視で判断に迷う場合は、この伝搬情報から決定できます。

3Y0K +04dBコールバックの秘密解明

表示範囲の経度(横軸)を0~180度とした場合の側面図は下記となります。

「Path #」の右()内の数値は減衰量を示します。3Y0Kに到達していない「Path 01(打ち上げ角30度)」の減衰量120dBが最も小さい値になっていますが、電離層反射も地表反射もしていない状態の減衰量を示しているためと思われます。「Path 02(打ち上げ角20度)」と「Path 03(打ち上げ角15度)」は3Y0Kに到達しており、減衰量は160dB前後です。Path 02の方が少し良い値を示しているため、打ち上げ角が低すぎるのも良くないかもしれません。能々見ると、Path 02の電離層反射の回数の方がPath 03と比べて1回少なくなっています。赤道異常による弦状ホップの電離層入射角度の違いが影響しているようです。

この側面図では、慣れていないとホップ回数を見誤る可能性がありますが、Path 02もPath 03もホップ数は僅かに2回です。台湾南方で海上反射した後は3Y0Kに到達するまで地表(海上)に降りてきません。これが室内LW×10Wでも+04dBで交信できた秘密と思います。地表反射では反射角が鋭角になります。台湾南方の海上で鋭角反射した後は、高度が低い位置でも鈍角反射しています。赤道異常以外にも異常コンディションの要因がありそうです。

側面図の伏角を0度にすると、伝搬経路の上下動パターンを真横から見ることができます。

打ち上げ角30度の伝搬情報(Path01)は下記となりました。

Path01
--------
ic.dat info for the Hop 1 only
60.00    [zenith]
320.60    [azimuth]
den_new.dat    
35.40    [Txlat]
139.60    [Txlon]
-54.00    [Rxlat]
3.00    [Rxlon]
21000000.00    [freq]
--------
Hop 1
Propagation time = 3.833    millisec
Next launch:    N/A    deg zenith/    N/A    deg azimuth
Reach point:    28.48N    lat/    134.03E    lon/    500.00km    alt
distance to destination=15174.53km

天頂角(zenith)は60度で、打ち上げ角30度と一致します(60=90-30)。計算されたホップは「Hop 1」の1つだけで、次の打ち上げ(Next launch)はN/A(Not Available)となり、3Y0Kまでの距離(distance to destination)は15000km以上残しているため、伝搬していないことが分かります。

打ち上げ角20度の伝搬情報(Path 02)は下記となりました。

Path02
--------
ic.dat info for the Hop 1 only
70.00    [zenith]
300.60    [azimuth]
den_new.dat    
35.40    [Txlat]
139.60    [Txlon]
-54.00    [Rxlat]
3.00    [Rxlon]
21000000.00    [freq]
--------
Hop 1
Refraction point:
[Mid point]    30.96N    lat    132.47E lon
314.90km alt
Propagation time = 6.626    millisec
Next launch:    69.28    deg zenith/    308.28    deg azimuth
Reach point:    26.24N    lat/    125.92E    lon/    -0.06km    alt
distance to destination=14466.85km

Hop 2
Refraction point:
[Mid point]    11.69N    lat    109.91E lon
437.24km alt
Propagation time = 55.737    millisec
Next launch:    N/A    deg zenith/    N/A    deg azimuth
Reach point:    -46.83N    lat/    4.61E    lon/    27.82km    alt
distance to destination=805.14km

天頂角(zenith)は70度で、打ち上げ角20度と一致します(70=90-20)。「Hop 1」は台湾南方の海上に落ちて「Hop 2」に再打ち上げ(Next launch)されます。その時の打ち上げ角は20.72度(= 90 - 69.28)となり、少しだけ開けますが誤差のレベルです。「Hop 2」の次の打ち上げ(Next launch)はN/A(Not Available)となり、3Y0Kまでの距離(distance to destination)は約805kmを残すのみとなるため、伝搬したことが分かります。距離をゼロにするには打ち上角の微調整が必要になるのでしょう。「Hop 2」の中の上下振動パターンのパラメータは情報として得られませんが、赤道異常を通過した後、角度が開いていくように見えます。

打ち上げ角15度の伝搬情報(Path 03)は下記となりました。

Path03
--------
ic.dat info for the Hop 1 only
75.00    [zenith]
295.60    [azimuth]
den_new.dat    
35.40    [Txlat]
139.60    [Txlon]
-54.00    [Rxlat]
3.00    [Rxlon]
21000000.00    [freq]
--------
Hop 1
Refraction point:
[Mid point]    30.98N    lat    131.09E lon
301.03km alt
Propagation time = 7.533    millisec
Next launch:    75.43    deg zenith/    305.23    deg azimuth
Reach point:    25.81N    lat/    122.95E    lon/    -0.00km    alt
distance to destination=14239.12km

Hop 2
Refraction point:
[Mid point]    15.51N    lat    109.78E lon
407.37km alt
Propagation time = 53.668    millisec
Next launch:    N/A    deg zenith/    N/A    deg azimuth
Reach point:    -45.05N    lat/    4.66E    lon/    48.26km    alt
distance to destination=1002.70km

伝搬情報の中身は前期Path 02と類似で、大きな違いは目に留まりません。違いは、先に述べたように、Hop 2の上下振動パターンの中に表れています。Path 03の電離層反射の回数の方がPath 02と比べて1回増えています。赤道異常による弦状ホップの電離層入射角度の違いが影響しているようです。Path 03の方が入射角度が浅いため、Path 02より高い高度で再反射しています。これにより、再反射位置までの距離が短くなるため、3Y0Kまで距離を残し、振動回数が増えることにつながっているようです。

側面図の伏角を90度にすると、伝搬経路上の電離圏電子密度分布を真上から見ることができます。

赤道異常では磁気赤道の両側に電子密度の高い帯が生成されます。3Y0Kと交信した時には、日本南方からフィリピン北方に第一の帯があり、インドネシアから北オーストラリアにかけて第二の帯ができていました。この第二の帯を起点としてHop 2は弦状ホップで直接3Y0Kに到達したとシミュレーションされました。

北半球は早春、南半球は初秋であることから、北半球北方の電子密度に対して南半球南方の電子密度の方が濃くなっていることが分かります。赤道異常を通過した後も地表に降りてこない理由としては、南半球南方の比較的電子密度が濃い電離層の中に浅い角度で入射したため・・・と推測しますが真偽は不明です。極々地表に近い所で反射しているため、Eスポでも発生していたのでしょうか。

コンディションの時間変化

3Y0Kと交信した時に室内LW×10Wの微弱電波が2回のホップでブーベ島に到達したとするシミュレーション結果は、+04dBコールバックレポートの有力な査証になると考えます。常に2回のホップで到達するのではなく、この時間帯だけ2回のホップで到達したとする結果が出るとさらに査証の確度が上がると考え、コンディションの時間変化を調べました。

  1. 交信の2時間前のコンディションでは、3Y0Kに到達するパスはありません。細かく見ると、打ち上げ角20度と15度の電波は1回目のホップで北半球側の赤道異常の電離層で反射し、台湾南方の海面で反射しています。しかし、2回目のホップでは電離層に反射することなく宇宙空間に放射されています。
  2. 交信の1時間前のコンディションでは、打ち上げ角20度の電波のみ3Y0Kに到達するようになります。ただし、弦状ホップの距離は短く、南半球側の赤道異常を通過した付近から地表反射を繰り返し、ホップ数は7回に及びます。ビックガンの時間帯です。打ち上げ角15度の電波が反射しない理由は不明です。微妙な位置の変化に応じて赤道異常の電子密度が異なるのかもしれません。
  3. 交信時間帯のコンディションは先に述べた通りです。
  4. 交信の1時間後のコンディションでは、打ち上げ角15度の電波はホップ数2回を維持しています。しかし、打ち上げ角20度の電波は弦状ホップを失って通常の電離層反射に戻り、ホップ数は8回に及びます。ビックガンの時間帯に逆戻りです。
  5. 交信の2時間後のコンディションでは、打ち上げ角15度の電波も弦状ホップを失って通常の電離層反射に戻り、ホップ数は7回に及びます。アンテナを工夫しても、ビックガンの時間帯です。

以上のコンディションの時間変化の解析から、交信できた時間帯のみ室内LW×10Wに3Y0Kとの窓が開いていたことが分かります。まさに一期一会の交信でした。