非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

QCXのLPFについて

QCXとは

QCXはアマチュア無線用のCWトランシーバキットです。2017年頃に初代が発売され、現在はQCX+とQCX-miniの2つのタイプが販売されています(下記QRP Labsホームページ参照)。QCX+はスルーホール基板にリード部品を実装する方式のキット。QCX-miniは小型化を突き詰め、SMDのC、R、OP-AMP等を予め基板に実装済みとしたキットです。

QCXは日本とも縁があります。YouTubeのインタビューを参照すると、設計者のHansさんは仕事の関係で日本に勤務していた時代にQRP Labsを立ち上げたようです。初代QCXの発送元が日本であった謎がWebで話題になっていましたが、このインタビューで解決しました。現在、日本のロジ拠点は引き払い、トルコに拠点を構えているようです。日本から発注するとトルコから届きます。

QCX の購入・組立

無線機がSDRに邁進する時代、最後のアナログキットになるかもしれない(QRP Labsの次のキットQSXはSDRになる模様)。そう思った非職業的技師は、40mのQCX+と20mのQCX-miniを購入し組み立てを完了しました。

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QCX+(左)と QCX-min(右)

最も難しかったのはケースへの組み込みです。特にLCD周りの組み立ては両キット共に組立公差の不足を感じ、マニュアル記載のヒントに沿った追加加工で乗り切りました。と書くと大袈裟ですが、非職業的電気技師は機械加工のツールを十分に備えてはいないため苦戦しました。

老眼に鞭打ったハンダ付けでしたが、回路組立は順調に進み問題なく動作しました。コイル巻きのばらつきも含めて回路の再現性は高いようです。ダミーロードキット(QRP Labs)の抵抗電圧をUSBオシロスコープ(AnalogDiscovery2)で測定したところ、電源13.8V時に40m QCX+は3.9W、20m QCX-minは3.3Wが得られました。

なお、QCX-minの基板にはSMD OP-AMPのハンダ付けを手直ししたフラックスの跡がありました。実は17mへの展開用かあるいはuSDX実験用にと、予備のQCX-minも購入済みですが、そちらも異なる箇所のOP-AMPのハンダ付けが手直ししてありました。2台中2台のデータしかありませんが100%の手直し率です。内作のエミュレータツールのようなQC装置を使って、QRP Labsに納品されたSMD実装基板を1枚1枚テストしてQCシールを貼る様子がYouTubeにアップされています。キットを安価にするために、基板の製造コストを低く抑えているのでしょう。そのために膨大な全数検査と手直しをQRP Labs内で行っているとしたら頭が下がります。

このようにQC管理がされていること、受信部の自己診断的調整機能を備えること、等を考えると回路調整のツールは極論すれば不要かもしれません。がしかし、送信部については後述のスペクトラムアナライザが必要となりました。

QCXの課題

QCXは日本とは規制の異なる海外の設計になるため、組み立てたQCXが日本のスプリアス規格に合致しているかどうかが保証認定を得るための重要な確認事項になると思います。既に多くのHAMが製作や運用にトライされており、検索すると国内外の製作事例の報告を見ることができます。製作事例を調査した結果、日本のスプリアス規格に対して「ボーダーライン上のキット」との評価が的を得ていると思いました。

スプリアス領域の主として第二高調波に対して-50dBc以下の許容値を達成するには余裕がないLPF設計になっているようです。つまり、部品の精度や組立のばらつきから、運の良い人は-50dBc以下を達成でき、運の悪い人は達成できないということが起こり得そうです。そして、非職業的技師は運が悪い方の人でした。

下記に40m QCX+のスプリアス測定結果を示します。第二高調波の減衰は-48.9dBc(= -53.12dBm + 4.187dBm)となり、あと少し規格の-50dBcに届きませんでした。測定系は、アッチネータキット(Pacific Antenna)に接続したダミーロードキット(QRP Labs)の電力を調べて、アッチネータを40dB減衰に設定しました。これにより、ダミーロードと付け替えたスペクトラムアナライザ(tinySA)への入力を0.44mW(-3.6dBm)に制限しました。Pacific Antenna製アッチネータの減衰切り替えスイッチはプッシュボタン式のためON/OFFを視認し難く、一歩間違えばスペクトラムアナライザを昇天させてしまう冷や汗ものの測定でした。改善要です。

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スプリアス測定結果(LPFは40m QCX+の標準品)

非職業的技師の場合は、安価なスペクトラムアナライザ(tinySA)、アッチネータキット(Pacific Antenna)、ダミーロードキット(QRP Labs)を用いたスプリアス計測系の精度も問題になります。非職業的スプリアス計測系の精度を考慮してなお規格をクリアしていると主張できるように余裕を持たせないと、非職業的技師が保証認定を得る道は遠いように思えます。

QCXのLPF

QCX付属のLPF(40m)の構成とLTspiceシミュレーション結果を下記に示します。終段は理想電圧源としてモデル化し、アンテナ負荷に見立てた50Ω抵抗の電圧を評価しました。本来であれば(若ければ)、伝達関数式を導出して極や零点を評価するところですが、安直に文明の利器であるシミュレータで検討することにしました。LTspiceの使用は初めてなのでモデルが正しいことを祈ります。

[追記](2021/09/23)

理想電圧源として信号源抵抗を入れていないのですが、その有無に係わらず周波数特性は同じになるとのこと。また、素子値の誤差の影響は大きくなるとのことですので、その影響を探るシミュレーションの目的には理想電圧源が合致していると思われます。

参考文献:トランジスタ技術 2021年 7月号、pp. 86-87

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QCX付属のLPF(40m)の構成とLTspiceシミュレーション結果

 40mの基本波(7.020MHz)に対して第二高調波(14.040MHz)での減衰特性は-40dB程度でした。LPF入力前の第二高調波の強度が-10dBc以下でないと-50dBcは達成できないことになります。LPF入力前の第二高調波の強度は測定していませんが、「ボーダーライン上」との評価から、-10dBc前後になっていると推定されます。

下記のQRP LabsのLPFのページから、このLPFはW3NQN局Ed Whetherholdさんが1983年までに発表した設計に基づいているらしいことが分かりました 。

さらに、W3NQN局のコールサインで検索すると、QST誌1999年2月号に”Second-Harmonic-Optimized Low-Pass  Filters”と題する解説を寄稿していることが判明しました(検索すれば解説のPDFを入手可能)。Ed Whetherholdさん自身が、既に1999年には第二高調波のさらなる抑圧の必要性を問題意識として持ち、その解決策を発表していたことになります。引用すると、”The CWAZ low-pass filters are designed for a single amateur band to provide more than 50 dB attenuation to the second harmonic of the fundamental frequency and to the higher harmonics.”と述べられています。日本の新スプリアス規格にピッタリではないですか。QRP Labsがこの新しいLPF設計を採用していれば、日本のQCX愛好HAMがスプリアス規制に悩むこともなかったかもしれません。多少なりとも部品点数が増えることを嫌ったのでしょうか。あるいは、国土の狭い日本がガラパゴス化に邁進しているだけなのか・・・。

LPF改良の方針

少なくとも運の悪い非職業的技師のQCX個体について「新スプリアス規格で設計・製作」とするには、LPFの新設計あるいは改良が必要になりました。最も簡単な方法としては、QRP LabsからLPFキットを追加購入してカスケード接続すれば良いと思われます。QCX+はHACK用に余裕のある基板設計がされ、ケース内にも2階に基板を増設できる余裕があります。しかし、QCX-miniは外付けする他ありません。

一方、Ed Whetherholdさんが上記寄稿で提案する新しいLPFは“CWAZ (Chebyshev with Added Zero)” LPFと称されています。(QCXのLPFはフラットな通過域からButterworthフィルタと思っていましたが、Chebyshevフィルタであったようです。そう思い直してシミュレーション結果をよく見ると通過域の終端にリップルが少し乗っています。)CWAZ LPFの構成は簡素です。下図に40mの例を示すように、Lに並列に1個のCを付加するだけで済みます。これならQCX-miniの狭隘スペースにもSMDを使用すれば収まりそうです。このLCが第二高調波で共振して通過を阻止するようです。CWAZのシミュレーション結果を見ると、第二高調波(14.040MHz)での減衰特性は-40dB程度から-60dB後半まで向上しています。これなら余裕を持って新スプリアス規格をクリアできそうです。共振周波数は14.4MHz程度と少し高い設定になっているようです。素子値のばらつき等から共振周波数が右にずれると急峻な坂を駆け上ってしまうため、少し低い設定にする方が安全と思うのですが。

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CWAZ LPF(40m)の構成とLTspiceシミュレーション結果

なお、「トロ活」(山村著:トロイダル・コア活用百科、CQ出版社)では、第8章で「減衰極の付加」としてLPFにおける並列共振器が紹介されています。また、フィルタ理論では、3個のLの全てにCを並列付加した一般形態は楕円関数フィルタというものになるようです。楕円関数フィルタの設計指標はリップルになるということなので、リップルに留意して検討を進めることにします。

LPF実装設計の課題

 上記のQCX元祖LPFと改良CWAZ LPFの素子の値は全て異なります。LPFのCとLを基板から全て取り外し、Cは置換し、Lは巻き直す必要が生じます。改良に失敗した場合に元に戻す必要があることを考えると面倒で躊躇してしまいます。終段部の回路パターンをハンダ吸い取りの熱で棄損したくないとも思います。

以上はやる気と技能の問題ですが、回路構成上の心配もあります。QCXのLPF回路と終段のE級増幅回路は独立しておらず、最初のC1が共用されていると思われます。これについては、JH8SST局OMの下記Blogの考察が多変参考になりました。また、JH8SST局OMが自作E級増幅送信機のLPFに共振ウェーブトラップを設けておられることも確認できました。方向性は間違っていない。

QCXはその受信部に関してはコンバージョン後のAUDIO信号をADCによりマイコンに取り込み、自己診断的に抵抗トリマーを調整する手段を提供してくれています。対して、送信部は再現性に期待して出来成りで数ワット出れば良しとしているようです。(YouTubeに送信出力の調整例がアップされてはいます。)親切なQCXのマニュアルにも、E級増幅回路の説明は省略されている感があります。

E級増幅回路まで改造の魔の手?を伸ばすとなると、テスト項目も増えるし、復元の困難度も増してしまう。そこで省エネ改造のために、元祖LPFをそのままとして、共振回路を構成する並列Cのみをシミュレータ上で取っかえ引っかえ付加して効果を検証することにしました。話が長くなったため項を改めます。