非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

AFP-FSK Transceiver(2)系統図の考察

AFP-FSK Transceiverの系統図

QRPGuys AFP-FSK (Audio Frequency Processed - Frequency Shift Keying) Digital Transceiver III の回路図から送信機/受信機の系統図(β版1.0)を起こしてみました。

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AFP-FSK Digital Transceiver III の系統図(β版1.0)

図中の送信機系統図(赤線)の「AF増幅」はUSBサウンドカードが担います。よって、素子名は不明なため「AFアンプ」としています。まだ回路を十分に理解できていないため「β版1.0」とし、修正が生じたらバージョンを更新したいと思います。

送信機系統図

送信機系統図はQCXに似ています。MS5351Mによる方形波発振によって3並列のBS170を(おそらくE級増幅モードで)ON/OFF駆動し、LPFで(理想的には)基本波のみを通過させています。出力電力が5Wと言うのも同じです。

スプリアスへの対応

QCXを組み立てた経験から判断すると、IMDを発生する要素は無いと思われるため、帯域外領域規格の遵守には問題が無いと予想されます。しかし、スプリアス領域規格に対しては、LPFの能力が不足する可能性が心配されます。

QCXのLPFはトロイダルコイル3段7素子の構成でしたが、日本のスプリアス規格に対してボーダーライン上の性能だったため、ウェーブトラップ用コンデンサを付加しました。

13TR-FT8トランシーバのLPFも同じ構成でしたが、やはりウェーブトラップ用コンデンサを付加しました。

AFP-FSK TransceiverのLPFはトロイダルコイル2段5素子の基本構成にウェーブトラップが付加されています。QCXや13TR-FT8トランシーバと同じ構成のLPFに改造するためにはトロイダルコイルの追加が必要となり、難易度が高くなります。

保証の観点

送信機系統図を保証する側の観点から考えてみます。発振からLPFまでの系統はQCXで実績があり、スプリアス規格を満たしていれば問題ないものと思います。やはり、周波数安定性や周波数許可帯域遵守を保証するために着目するのは、ATMEGA328Pに実装された周波数制御演算機能の中身になると思われます。

周波数制御の性能や帯域遵守を主張するためには、QRPGuysが「the nuts and bolts of the methods」としているプログラムを解読する必要があります。幸い公開してくれているため、保証の問い合わせが有った場合に技術的主張を展開する材料と成り、必要があれば改良して書き込むこともできます。

まず着目するのは「AUDIO周波数測定」です。「AUDIO周波数測定」は、ATMEGA328PのA/Dコンバータを使用してAUDIO信号を取り込んでから測定するのではなく、ATMEGA328PのアナログコンパレータにAUDIO信号を接続し、周期信号のゼロクロス点で割込みを発生させてクロックを計数することにより周波数を測定しているようです。したがって、クロックから測定分解能や測定安定性を主張できると思います。

しかし、元のアナログAUDIO信号にノイズが混入する等して測定値が異常値になると、搬送波周波数が正しくても異常送信周波数を指令する可能性があります。この問題は、AUDIO周波数測定値をAF上限リミットと比較して送信許可を制御する機能があれば解決できます。プログラムの中にその機能を認めたため、具体的な措置として主張できると思います。

次に「搬送波周波数指令値」に対しては、許可帯域に対応した上下限のリミット機能が必要になるものと思われます。プログラムの中にバンド毎の上下限のリミットの定義を認めました。VFOの「搬送波周波数指令値」をリミットと比較して「帯域診断フラグ」をセットするコードも認めました。しかし、その「帯域診断フラグ」を使用している箇所が見つかりません。リミットの精査と合わせて「帯域診断フラグ」を使用した送信許可機能の追加が必要になるかもしれません。

とは言っても回路を追加・改良する必要はなく、組込みCのプログラミング・コンパイルとATMEGA328Pへの書き込み手順を習得すれば改良を何回でも試せます。そこが変調方式(FSK方式)を数値演算方式に変えたAFP-FSK TransceiverのSDRに通じる利点です。

受信機系統図

受信機系統図はシンプルな構成です。混合器(SA612A)とAF増幅器(LM386)の僅か2素子で構成されています。

SA612A

SA612A は 初見ですが、アナログICチップに集積したモノシリックの Double-balanced mixer and oscillator のようです。

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SA612AのBlock Diagram
(データシートhttps://www.nxp.com/docs/en/data-sheet/SA612A.pdfより)

ブロック図を当てはめると、確かにLOとRFの掛け算を行っています。回路図のピンにDC電圧が記入されていました。内部のトランジスタのバイアスと思われます。このバイアス電圧が測定できなければ、SMDのはんだ付けを失敗しているか、ICが壊れている可能性が高いというQRPGuysからのアドバイスでしょうか。

SA612A の主な用途は cordless phone/cellular radio のようですが、欧米HAMのQRPトランシーバで人気があるようです。日本でもOM諸氏から自作に使用した報告があります。

今では秋月電子通商にて扱いがある(180円)ため、SMDのはんだ付けに失敗して飛ばしても?大丈夫そうです。なお、リード間隔が狭い鬼門のMS5351MだけはPCBに実装済みでした。

SA612Aはゲインが高い特徴から受信機を2素子で構成できるようですが、13TR-FT8トランシーバのように水晶ラダーフィルタに通していないため、逆サイドバンドも合わせて受信してしまうのではないかと思われます。多バンド複数ディジタルモード対応で逆サイドバンドを抑圧するためには、スーパーヘテロダインのような構成が必要になり素子数が増えてしまいます。AFP-FSK Transceiver の受信機系統はフットプリントやコストを優先した構成になっているようです。

ギルバート・セル

SA612Aの内部回路は(彼の有名な)「ギルバート・セル」である・・・とのこと。この一般常識?も初見だったため調べてみました。SDR普及後はアナログ回路技術で優劣が決まる時代になると思います。SDR技術とアナログ回路技術の習得は対の課題です。RF-SDRではSA612Aはプログラムに置き換えられてしまいますが、AF-SDRではダウンコンバータは残ります。

「ギルバート・セル」は、バリー ギルバート (BARRIE GILBERT) 博士の1968年の発明に由るようです。博士はAnalog Devices, Inc. のフェロー、IEEEフェロー、全米技術アカデミー会員とのことです。レジェンドですね。(ちなみに当局は IEEE Member 止まりでした。)「デジタル全盛の今、なぜアナログ技術に注目しなければならないのか――」の問いに対して、下記ウェブキャストで博士が答えてくれています。

「ギルバート・セル」については、W2AEW局による下記YouTubeビデオが分かり易いと思いました。段階を追ったノート上の指による概念シミュレーション?とブレッドボードの実験が分かり易い説明になっています。変調器の実験になっていますが、LOとAFの掛け算が実現できることが良く分かります。(当局にとっては)英語が少し早口なので、スロー再生と英語字幕自動生成で見ました。(ノートにIc2とIc3の間違いがあるような・・・!?)

SA612A内部の等価回路(ギルバート・セル)とAFP-FSK Transceiverの結線を下記に示します。(作動増幅器ペアのコレクタ結線に誤植があるようです。)

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SA612AのEquivalent Circuit(Gilbert Cell)
(データシートhttps://www.nxp.com/docs/en/data-sheet/SA612A.pdfより)

下部の差動増幅器に入力したRF信号が上部の差動増幅器ペアの増幅率(コンダクタンス)を決めています。上部の差動増幅器ペアにはLO信号が入力されているため、コレクタ電圧差には LO x RF が現れます。