非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

Home-brew SDRの調査

 背景

久しぶりに覗いたアマチュア無線用トランシーバの home-brew 用キットにも SDR 化の波が押し寄せていると感じ、先ずはアナログの郷愁を感じられる QCX キットを組み立てました。LPF を改良してスプリアスの抑制を行いましたが、ハードウェアでそれ以上の深化は非職業的技師の技量では難しそうです。

SDR であれば、機能の追加・改良の実験の大部分はソフトウェアの世界で閉じ、作業の多くはディスプレイの中で完結します。SDR は home-brewer 志向の省スペースアパマンハムに好適ではないかと考え、準備として調査に着手しました。

選定したSDR調査対象

現在までに調査した home-brew SDR は下記表に示す5件です。個人的興味と技量に合わせて選定したものであり、業界の SDR キット等を網羅した調査結果ではありません。その証拠に著名な mcHF は未調査です。QCX 等のアナログ無線機に SDR の機能を追加するといったボトムアップのアプローチを志向しています。アナログとディジタルの比較ができれば、 SDR の優劣を決し易いと思った次第です。

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選定した home-brew SDR調査対象

上記にリストアップしたSDRは、オーディオ周波数近辺にコンバージョンした後の IQ 信号を A/D 変換するタイプの SDR です。RF 信号を直接 SDR で処理するためには、ADC も含めて高速(且つ高価な)処理系が必要になります。上記の中にも、FFTで周波数領域に変換した後にフィルタ演算などの信号処理を行うか、あるいは時間領域のまま信号処理を行うかの違いはあるようです。詳細は未調査ですが、利用可能なリソースの少ない(1)、(2)は時間領域の信号処理、リソースの多い(3)、(4)、(5)は周波数領域の信号処理でSDRを実現していると推定しています。

アナログ時代は先達が設計した回路図を見ることによって、RF 信号処理について学ぶことができました。ディジタル時代は回路図の代わりに組込プログラムのコードを見て学ぶ必要があります。そこで、ソースコードGitHub で公開されている(あるいは公開が予定されている)SDR を選定しました。なお、機能のプログラムへの実装方法や流儀は無数にあるため、コード自体を解読するのは骨が折れます。プログラムの仕様書(ソフトウェアの設計図)が存在するか、あるいはそれに匹敵するコメント文がコードに埋め込まれていれば学び易いのですが、それについては未調査です。過去の QEX 誌の解説等が SDR の Common Sense としてベースになっているのではないかと踏んでいますが、まだ推測に留まります。

(5)「T41 SDT」は開発中のためソースコードが公開されていませんが、Version 1.0開発完の暁には公開されると予想しています。なお、「T41 SDT」とは「Teensy 4.1 Software Defined Transceiver」から取られた名称と思います。上段の(4)「Teensy-ConvolutionSDR」に受信機能しかないため、その差別化として SDT と名付けたのかもしれません。

搭載SoC

最も比較し易く且つ調査し易い項目として、搭載 SoC(System on a Chip)について下記表にまとめます。SoC はマイコンと読み替えても構いませんが、(3)「sBITX」のBCM2711(ARM Cortex-A72)をマイコンと呼ぶのは抵抗があり、まとめて SoC としました。

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搭載SoC

SoC の主な比較指標には「 Clock 周波数」、「消費電力」、「価格」等があります。コア数とメモリ容量も重要ですが、搭載すべき機能が先に決まらないと議論できません。

「価格」は、企業が大量生産する場合には重要な指標の一つですが、個人が1個の Chip あるいは1枚の Board 購入する場合に数百円と数千円の違いは選択の優先要因にはならないと考え除外しました。

「消費電力」は、移動運用に向けて重要な指標となりますが、データシートから相互に比較可能な指標として上手く抽出できませんでした。I/O アクセス等の動作によって消費電力は変わるため、同一の測定条件を見つけられませんでした。それでも、(1)の ATMEGA328P と(5)の MIMXRT1062DVJ6A は電流値が2桁は違いそうです。

「 Clock 周波数」は客観的に比較し易い指標です。これだけで処理速度が決まる訳ではありませんが、AVR から ARM まで全て RISC アーキテクチャなので処理速度の一つの目安になります。低い方から見て、(1)「uSDX」の健闘が光ります。Arduino Uno と同じ ATMEGA328P(Clockは20MHz)でE級増幅ファイナルを駆動して、SSB の SDR を実現しているのは凄いと言わざるを得ません。

処理速度を決定する重要な要素として、FPU(浮動小数点演算処理装置)の有無があります。FPU が無い場合は、ダイナミックレンジを慎重に調整した整数演算を貫くか、ソフトウェアライブラリで浮動小数点演算をエミュレーションする必要があります。初心者には後者が無難ですが、仮数部と指数部の処理等によって処理速度が低下します。FPU を搭載するのは(3)、(4)、(5) が採用する SoC になります。加えて、(4)、(5)の Teensy が採用する SoC はフィルタ演算等の信号処理に頻出する積和演算(係数とデータの積を行い過去値との和を取る演算)を高速に実行可能な DSP 拡張命令(Digital Signal Processor extension instructions)を搭載します。固定小数点の積和演算を対象にしていますが、FPUと組み合わせることで浮動小数点の積和演算を高速に実行可能なようです。(3)は GPU(VideoCore VI)を搭載しますが、ユーザが信号処理に応用できるかどうかは不明です。

組込ソフトウェアはデバックが難しいため、開発環境も重要です。(1)、(2)、(4)、(5)は Arduino IDE をサポートします。スモールスタートから始められそうです。(2)が採用する SoC Board(Raspberry Pi Pico)はデバック端子を搭載します。他の SoC Board のデバック環境は未調査です。USB print デバックが中心になると思います。

SDR入門に好適なのは?(個人的感想)

(1)「uSDX」が入門用に見えますが、少ないリソースに必要な機能を搭載するためには工学的工夫以上の芸術的工夫が必要となり、逆に初心者が手を入れるのは難いのではないかと考えています。また、SSB の送信にも QCX と同じE級増幅ファイナルを使用しているため(逆にそれが驚きですが)、実用に供するのは難しく、国内ではダミーロード実験に留まるのではないかと危惧されます。

(2)「uSDR-Pico」は(1)のブランチですが、やはりリソースが少ないのがあい路になりそうです。FPUがないため、FFT/IFFTによる周波数領域の信号処理の実装は難しそうです。時間領域中心の実装になると思います。

(3)「sBITX」のリソースは必要以上に十分と思われますが、他と比べてフットプリントが大きいことと、強力な冷却ファンが必要になりそうなことが、個人的にはあい路です。また、SoC が高級 OS 指向のためキャッシュや分岐予測等の機能を搭載しています。リアルタイム処理においては、これらの機能は、サンプリングタイムの限界が読み難い原因になるかもしれません。WDT(Watch Dog Timer)が運よく一度吠えなかったからと言っても、スペクトルの描画のような重HMI(Human Machine Interface)処理がキャッシュを占有した後にサンプリング処理を実行すると吠えるかもしれません。分岐予測のミス、キャッシュミス等の最悪ケースを想定した限界処理時間を見積もることが難しいように思えます。サンプリング処理コードだけをキャッシュアウト禁止にできると良いのですが。

(4)、(5)が採用する PJRC(Paul J Stoffregen and Robin C Coon)社の SoC Board は Teensy(非常に小さい)と称されています。

名前の通りフットプリントは小さく、QCX+ の2階にも搭載できそうです。それを実践している YouTube 動画もアップされています。残念ながら、SDR の詳細は未公開です。

創業者二人の名前からとった PJRC 社の社名からわかる通り、Teensy は米国の小規模なスタートアップが開発しているためか、日本国内での Publicity は低いようです。しかし、「Teensy SDR」で検索すると英語では多くのヒットがあり、米国を中心とした海外では人気があるようです。SoC は1コアですが、上記の通り FPU と DSP拡張命令 を搭載していることが魅力です。主に狙うマーケットはオーディオ系と推測します。その意味でも、オーディオ帯域近傍の SDR 処理に好適と思われます。日本の Distributor は登録されていないようですが、米国の SparkFun 等の Distributor 経由でスイッチサイエンスや千石電商等で扱いがあるようです。PJRC 社の直販サイトで購入することも可能なようです。

(4)「Teensy-ConvolutionSDR」は Teensy 3.6 SoC Board を利用して、周波数領域の信号処理により SDR 受信機を実現しています。

(5)「T41 SDT」は最新の Teensy 4.1 SoC Board を採用し、送信機能まで実現しているようです。まだ開発中とのことでビデオによる紹介しか資料がありませんが、将来の公開を期待させます。なお、開発者のお二人はリタイヤされたベテラン OM のご様子で、非職業的技師も奮起させられます。

以上、個人的興味による偏向した比較でしたが、心は Teensy に傾いています。QCX+ のダイレクトサンプリング IQ 信号をブランチして Teensy Board に取り込むところから着手できないかと考えています。

 

20m QCX-miniのLPF改良(1)スプリアス測定

別冊CQ ham radio QEX Japan No.40 の表紙

別冊CQ ham radio QEX Japan 最新号 No.40 の表紙を QCX-mini が飾りました。記念に早速購入しました。「手のひらサイズのQRPトランシーバ;QRP Labs“QCX-mini”の組み立てとCAT 活用」と題する解説記事が12ページに渡って掲載されています。国内の雑誌に QCX に関連する記事が掲載されるのは、同じ著者 JA1RPK 川名 OM による元祖 QCX についての解説記事がCQ誌(CQ ham radio 2019年8月号)に掲載されて以来2回目かと思います。

今回の解説記事には、非職業的技師も経験した QCX-mini 組み立ての注意点がまとめられています。特にウレタン線のエナメルを溶かすコテ先の温度設定などは経験値が無く苦労したので、もっと早く読めていればと思いました。CATも将来活用してみたい機能です。

記事で述べられている QCX-mini のエンコーダのクリックに連動したノイズは、非職業的技師も気になっていました。川名 OM は、QCX-mini の Audio 出力に DSP フィルタを適用して解決されています。これを発展させていくと、SDR(Software Defined Radio:ソフトウェア無線)に近づいていくのではないかと思いました。

QCX-miniのスプリアス領域における不要発射の強度

既報(QCXのLPFについて - 非職業的技師の覚え書き)の 40m QCX+ に続いて、20m QCX-mini の「スプリアス領域における不要発射の強度」を調べました。個体差がありますので、あくまで非職業的技師が組み立てた個体についての特性になります。

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20m QCX-mini の一個体
TCXO基板の修理

本題の前に、TCXO(温度補償型水晶発振器)オプション基板(上写真の青い3連の可変抵抗器の上方のスリット付き基板)に「あ!」っと驚く製造ミスがありましたので、修理記録を記しておきます。

TCXO基板には2個のコンデンサが90度方向違いに実装されています。目視確認(重要!)中に違和感がありました。銀色に輝くパッドがあるのです。このような小さな基板にテスト用のパッドなんて設けるのかなあ・・・?、と疑い写真と見比べると、なんとコンデンサが2つとも同じ方向を向いているではありませんか。コンデンサの1つの方向を90度間違えて片方の電極しかはんだ付けされていないため、銀色に輝くパッドが残っていたという訳です。表面実装部品なのでマウンター(吸着部品の位置姿勢計測用カメラが付いている)で実装していると思うのですが、こんな製造ミスにお目にかかれるのもキットの醍醐味?と考え、老眼に鞭打ってはんだ付けをやり直しました。

写真の通り、非職業的技師による修理でも無事に稼働しているようです。なお、計3個のTCXO基板を購入しておりますが、製造ミスがあったのは1枚だけでした。

スプリアス領域における不要発射の測定方法

閑話休題、以下の手順でスプリアス測定を行いました。

  1. パワーの計測
  2. ステップアッチネータの減衰量の適正化
  3. スプリアスの測定
パワーの計測

スペクトルアナライザ(tinySA)への過大入力を防止するために、まず QCX-mini の RF パワーをダミーロード(QRP Labs)のピーク電圧から正確に把握しました。ダミーロードにはピーク電圧計測用のキャパシターが搭載されていますが、清流用ダイオードの電圧降下が計測誤差になるため、USB オシロ(Analog Discovery 2)を使用して 50Ω 抵抗両端のピーク電圧を測定しました。計測方法と計測結果を下記にまとめます。

13.8V 電源で駆動した 20m QCX-mini のRF パワーは、10 回の試行で 3.4[W](35.4[dBm])となりました。

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20m QCX-mini のパワー計測方法と計測結果

ステップアッチネータの減衰量の適正化

次に、間に 41dB ステップアッチネータ(Pacific Antenna)を挿入して、減衰量の適正化を行いました。アッチネータの ON / OFF プッシュボタンを慎重に操作して、減衰量の読み値と測定値の校正を調べた結果を下記にまとめます。抵抗の誤差から予想されるより、正確な減衰量が得られていました。

tinySA への入力を 0[dBm] 以下に抑えるため、アッチネータの減衰量は 36[dB] とし、tinySA への入力は -0.662[dBm] としました。

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ステップアッチネータの減衰量の適正化

スプリアス領域における不要発射の測定結果

下図に示すように、ダミーロードを tinySA に付け替えてスプリアス測定を行いました。PCアプリの tinySA-App を使用すると、本体の周波数掃引点数を上回る測定結果が得られるため、比較を行いました。

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スプリアス領域における不要発射の測定方法

周波数掃引290点

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20m QCX-miniのスプリアス測定結果(周波数掃引290点、bin幅172kHz)

tinySA 本体の周波数掃引点数 290 と同じ設定で測定を行いました。RBW(分解能帯域幅)の設定は Auto にしました。RBW との関係は定かではありませんが、チャートの周波数軸の bin 幅は 172kHz になります。

基本波(14.020MHz)の強度は 0.094[dBm]、第二高調波(28.040MHz)の強度は -56.3[dBm]、両者の比は -56.4[dBcとなりました。基本波の強度(35.4[dBm])から計算すると、第二高調波の強度は 7.9[mW] になります。スプリアス規格(50mW以下であり、かつ、基本周波数の尖頭電力より50dB低い値)を満足します。

RBW を最小の 3kHz に設定して測定を繰り返しましたが、同様の結果となりました。測定時間が長くなるため、以下の測定では RBW の設定は Auto にしました。

周波数掃引500点

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20m QCX-miniのスプリアス測定結果(周波数掃引500点、bin幅100kHz)

基本波の強度は 0.375[dBm]、第二高調波の強度は -56.5[dBm]、両者の比は -56.9[dBcとなりました。基本波に対する第二高調波の強度は 7.0[mW] になります。スプリアス規格を満足します。

周波数掃引1,000点

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20m QCX-miniのスプリアス測定結果(周波数掃引1,000点、bin幅50kHz)

基本波の強度は 1.281[dBm]、第二高調波の強度は -56.1[dBm]、両者の比は -57.4[dBcとなりました。基本波に対する第二高調波の強度は 6.3[mW] になります。スプリアス規格を満足します。

周波数掃引3,000点

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20m QCX-miniのスプリアス測定結果(周波数掃引3,000点、bin幅17kHz)

基本波の強度は 1.375[dBm]、第二高調波の強度は -56.5[dBm]、両者の比は -57.9[dBcとなりました。基本波に対する第二高調波の強度は 5.6[mW] になります。スプリアス規格を満足します。

周波数掃引10,000点

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20m QCX-miniのスプリアス測定結果(周波数掃引10,000点、bin幅5kHz)

基本波の強度は -1.625[dBm]、第二高調波の強度は -57.5[dBm]、両者の比は -55.9[dBcとなりました。基本波に対する第二高調波の強度は 8.8[mW] になります。スプリアス規格を満足します。

まとめ

下記表に上記の結果をまとめます。値のばらつきは試行回毎の測定のばらつきと思われます。tinySA の周波数掃引点数および自動設定される RBW に係わりなく、スプリアス規格を満足する同様の結果が得られました。

ただしノイズフロアは、掃引 290 点の時の約 -65dBm から掃引 10,000 点では -80dBm 以下に改善し、第二高調波がより存在感を増して顕在化します。

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20m QCX-miniのスプリアス測定結果のまとめ

20m QCX-miniのLPF

40m QCX+ の時と同じように、LTspiceによる回路シミュレーションに基づいて、20m QCX-mini の元祖 LPF(元々付いていたLPFを「元祖LPF」と称する) の特性を調べました。

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20m QCX-miniの元祖LPFの特性

 このチェビシェフフィルタは、基本波(14MHz)に対して第二高調波(28MHz)を47.7dB 減衰させる能力があります。測定結果から逆算すると LPF の前段で、基本波に対して第二高調波は -8.2dBc 程度の強度を元来もっていそうだと推測できます。

20m QCX-mini の元祖 LPF は リップルのピークを14MHz帯の後ろに設定しているためか、CW 運用帯域で -0.4dB の損失となっています。40m QCX+ は 0dB を確保していました。これが少し出力が小さい原因でしょうか?

20m QCX-mini の元祖 LPF は、スプリアス規格をある程度の余裕を持って満足しているため、CWAZ フィルタに改良する必要がないことが判明しました。そこで、損失をゼロにするという観点で改良を検討してみたいと思います。

 

 

 

40m QCX+の帯域外領域スプリアス発射の測定(2)

前回、プランBの間接測定(近接界アンテナ方式)による帯域外領域スプリアス発射データを得ることができました。安心したところで、プランAの直接測定(RF信号注入方式)にトライしたいと思います。

空中配線20dBカップラの製作

 41dBステップアッチネータでは減衰能力が足りない恐れがあるため、20dBカップラを作ることにしました。電気部品は購入済みでしたが、ケースと加工工具の購入を迷っていました。集合住宅には工具の保管場所も作業スペースも足りないからです。

そんな折に、またしても JE3PRM局 OM の下記 Blog の空中配線カップラに固定概念(カップラはシールドケースに入れるべし)を打ち砕かれました。

測定対象はHF帯なので、たとえノイズが混入してもスプリアス規格を満たさない方向に作用し、空中配線カップラがマイナス方向に誤った判断を誘導する可能性は低いと考えました。

JE3PRM局の上記 Blog および「トロ活」(山村著:トロイダル・コア活用百科、CQ出版社)を参考にして、手持ちの材料で製作した空中配線カップラを下図に示します。

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空中配線20dBカップラの製作

トロイダルコアの手持ちは、FT-50-77(比透磁率:2000、周波数レンジ:1 - 8 MHz)と FT-50-43(比透磁率:800、周波数レンジ:2 - 30 MHz)の2つがあり、今回は周波数レンジが 7MHz(QCX+)と 14MHz(QCX-mini)をカバーできる FT-50-43 使用しました。ただし検索をすると、FT-50-77 を使用したカップラの製作例も多数見つかります。カップラの周波数特性も良好との報告が複数あるため、材料の特性と出来上がったカップラの特性に相関関係があるのかないのか謎です。

内径 7.15 mm のトロイダルコアに 0.5mm のポリウレタン鋼線を10回巻きました。角で鋼線の膨らみが生じるため、外形 5.5mm の 3D-2V に対して塩梅良く圧入固定できました。

注意点は、3D-2V 同軸ケーブルの左端の網線を BNC レセプタクル(1次側)の GND に接続しないでオープンのままにしておくことです。これでトロイダルコア直下の網線には電流が流れませんが、芯線に対するシールドの役割は期待できます。GND に接続すると、互いに逆相の電流が流れる芯線と網線の両方をトロイダルコアに1回巻くことになり、磁力線が打ち消し合って2次側に電圧が誘起しません。

代わりに、トロイダルコアの手前で 3D-2V の外皮にスリットを入れて GND バイパス線を付け、トロイダルコアの外側を迂回して BNC レセプタクル(1次側)の GND に接続します。なお、GND バイパス線が1本では不安になる場合は、対角に2~4本配置すれば相互の磁力線を打ち消し合ってくれそうです。JE3PRM局はもっとコンパクトにして4本を配置されています。その場合は、四角いケース取り付けフランジの付いた BNC レセプタクルを使用すると良いでしょう。

2次側の網線は1次側の GND と接続しませんでした。QCX+ の GND が、USB ドングル型 SDR を介して PC の GND と接続されるのを避けるためです。これは空中配線のメリットかな?

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空中配線20dBカップ

出来上がった空中配線カップラの1次側と2次側に 50Ω 負荷を付けて電力のスプリットを測定したところ、40m QCX+ からの 38.3dBm の入力に対して、2次側 18.3dBm となり、切の良い 20.0dB カップラが出来上がりました。

USBドングル型SDRによる測定2(RF信号注入方式)

測定方法

今回用いた計測システムの構成図およびイメージ写真は下記の通りです。41dBステップ
アッチネータ(Pacific Antenna製キット)はフル減衰の41dBで使用しました。QCX+のRF出力を合計61dB減衰させて、USBドングル型SDR(RSP1A)に注入しました。

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USBドングル型SDRによる測定2(RF信号注入方式)の構成

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USBドングル型SDRによる測定2(RF信号注入方式)のイメージ
測定結果

key を連続押下した時のSDR Console の画面を下図に示します。今回は、中心周波数 fc±10kHz の測定範囲をカバーしました。

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測定結果2

緑の帯は占有周波数帯幅 BN=0.5kHz を示します。「帯域外領域におけるスプリアス発射の強度」は 62dB より低い値となり、規格の「 40dB 低い値」を満足しています。6.6W の送信電力に対して 4.2μW となり、規格の「 50mW 以下」を満足します。

前回の「近接界アンテナ方式」よりもノイズフロアが大幅に下がり、帯域外領域に向けてパワーの減衰曲線を綺麗に顕在化することができました。

40m QCX+の帯域外領域スプリアス発射の測定(1)

 スプリアス規格

スプリアス規格には、

(1)「帯域外領域におけるスプリアス発射の強度の許容値」

(2)「スプリアス領域における不要発射の強度の許容値」

の二つの規格があります。

40m QCX+に対して、後者(2)のスプリアス領域の不要発射(主として第二高調波)を規格以下に抑圧するためのLPF改良と測定結果の報告を下記の覚え書きに記しました。

今回は、残っている前者(1)の帯域外領域におけるスプリアス発射の測定についての覚え書きを記したいと思います。

しかし、(1)にも(2)にも「スプリアス」(設計上意図されない周波数成分)という同じ言葉が異なる主部と述部に入っていて紛らわしいですね。両方とも「不要発射の強度の許容値」として、規格の異なる領域の名称だけ分けた方が論理的と思うのは私だけでしょうか。過去の法規との整合性等があるのでしょうが・・・。

帯域外領域におけるスプリアス発射の強度の許容値

まず基本として、規格を一次情報の総務省のホームページを中心に調べました。「アマチュア局の・・・許容値は、・・・に規定する値にかかわらず、次のとおりとする」と言うように、アマチュア局専用の(緩くした?)規格が後で上書きされているため、最後まで丹念に読み込む必要があります。理系の非職業的技師の読解力では以下の調査結果となりました。

30MHz以下の周波数の電波を使用するアマチュア局の「帯域外領域におけるスプリアス発射の強度の許容値」は、1Wを超える場合には「50mW以下であり、かつ、基本周波数の平均電力より40dB低い値」となっているようです。(2)スプリアス領域と比べると、50dBから40dBに軽減され、電力は尖頭電力から平均電力に代わっています。変調の関係でしょうか。

規格から言葉の定義を拾うと、帯域外領域とは占有周波数帯幅の近傍を指し、30MHz 以下の A1Aの場合は中心周波数 fc±10kHz となるようです。A1Aの占有周波数帯幅の許容値は BN=0.5kHz です。

帯域外領域スプリアス発射の測定におけるあい路

帯域外領域で最もスプリアス発射強度が高いのは、占有周波数帯幅との境界の fc±0.25kHz 超近辺と想定されます。したがって、測定器の RBW(分解能帯域幅)が大きいと、占有周波数帯の発射成分が帯域外領域測定に混入してしまい、正しく評価できない恐れがあります。

測定器として、まず(2)スプリアス領域の測定に用いたスペクトルアナライザ tinySAを(1)帯域外領域の測定にも使用できないか考えました。tinySA は普及が進んだため、下記を例とした専門雑誌に取り上げられることが多くなり、専門家執筆陣の評価を読むことができます。

それによると、tinySA の RBW の最小値は 3kHz です。占有周波数帯幅の BN=0.5kHz が丸々入ってしまいます。tinySA で帯域外領域の境界部を高分解能で評価することは困難であることが分かります。

どうしたものかと思い悩み調査をしていたところ、JE3PRM 局 OM の下記 Blog が目に飛び込んできました。tinySA では分解能が得られないため、USBドングル型SDR の SDRplay を用いて帯域外領域の測定を行い、JARD の保証を得ておられます。

下記の雑誌RFワールド 最新No.55号にも、USBドングル型SDR の Airspy を変調信号の解析に補完使用する評価記事が掲載されています。
幸いなことに、非職業的技師も JE3PRM 局と同じ SDRplay(RSP1A)を保有しています。USBドングル型SDR の RBW は、ドングル側のADCサンプリング速度と、PC側の SDR ソフトの FFT 点数( FFT 計算速度)に依存していると思われます。ドングル側のデータシートには RBW の記載はありませんでした。

標準ソフトの SDRuno のマニュアルには「GUIで RBW の調整が可能」との記載がありますが、設定可能な値の記載はありませんでした。ソフト単独では記載できない仕様なのかもしれません。実際に RSP1A に接続した SDRuno を立ち上げて RBW を最小に調整すると、Main SP パネルで 30.52Hz、Aux SP パネルで 9.68Hz を設定できました。tinySA の約 1/100~1/300 の RBW です。

JE3PRM 局が使用された SDR Console(SDR-Radio.com Ltd.)についても調べてみましたが、RBW の記載はありませんでした。ノイズを測定し、ある帯域のピーク数を FFT の bin 数とみなして目視で数えたところ、bin の間隔は約 31Hz でした。SDRuno の 30.52Hz と同程度の RBW になっているようです。

USBドングル型SDRによる測定1(近接界アンテナ方式)

測定方法

次に課題になるのは、SDRplay への QCX+ の RF 信号(6.6W、38.2dBm)の入力方法です。RSP1A の最大許容入力は、連続 0dBm、短時間 10dBm となっていますので、手持ちの 41dBステップアッチネータを挟めば入力できそうです。しかし、JE3PRM 局 OM の Blog から「市販のトランシーバのSメータの9はほぼー70dBm」との情報を参照させて頂くと、減衰能力が足りないのではないかと心配になります。

そこで、QRP-Labs 製のダミーロードがシールドされていないことを逆手にとって、 RSP1A に付けたミニホイップアンテナを近接界プローブとみなして、ダミーロードから漏れる微弱電磁波を受信してみることにしました。計測システムの構成図およびイメージ写真は下記の通りです。

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USBドングル型SDRによる測定方法1(近接界アンテナ方式)の構成

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USBドングル型SDRによる測定方法1(近接界アンテナ方式)のイメージ
測定結果

ノイズフロアが上がるのを避ける意図で、ミニホイップアンテナに Bias-T(アンテナ能動素子への RF 重畳 DC 電圧)は加えませんでした。key は連続押下して文字通りCWを送出しました。

SDR Console の画面を下図に示します。測定範囲が中心周波数 fc±10kHz に少し足りていませんでした。

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測定結果1

緑の帯は占有周波数帯幅 BN=0.5kHz を示します。「帯域外領域におけるスプリアス発射の強度」は 48dB より低い値となり、規格の「 40dB 低い値」を満足しています。6.6W の送信電力に対して 0.1mW となり、規格の「 50mW 以下」を満足します。

 

40m QCX+のLPF改良実験

 40m QCX+のLPF改良

40m QCX+の元祖LPFに第二高調波トラップ機能を付加するために、2個の39pFコンデンサ(ムラタ、GRM21A5C2E390JW01D)を基板裏面に並列に取り付けました。工作後の様子を次の写真に示します。

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40m QCX+ 基板:左-部品面、中-裏面、右-LPF部拡大

LPF部の基板裏面には十分なスペースがあります。元祖LPFの中央のコイルの両側に付く2つのコンデンサのリードを、予め改造を見越して切らないで残しておきました。そのリードの間に39pFチップコンデンサ2個(合計78pF)をハンダ付けしました。チップコンデンサが思ったより小さく、リードの長さが少し足りなかったため、イモハンダでブリッジする美しくない仕上がりになってしまいました。また、絶縁テープを敷くことを失念しました。とりあえず、レジストの耐圧を信じることにします。

写真中央の基板裏面のLPF部下方左にある終段FET固定用ネジの頭の高さを、チップコンデンサの高さが超えることはありません。よって、標準アルミ押し出しケースの溝に基板を挿入しても、改造部がケースに接触することはありません。よりスペースの厳しい20m QCX-minも同様の改造で対応できるだろうと期待させます。

スプリアス測定

電力測定結果

まず、アッチネータキット(Pacific Antenna)に接続したダミーロードキット(QRP Labs)の尖頭電圧から送信出力を調べて、アッチネータの減衰率を設定しました。

送信出力は6.72W@13.8V電源でした。3.9Wから1.7倍の6.7Wまで2.4dB増加しています。約3.0~3.6dBのリップルが生じるシミュレーション結果が得られていたため、元祖LPFにもリップルが多少あることを考えれば当たらずといえども遠からずと言ったところでしょうか。しかし、これではQRPの看板が出せません。40m QCX+ LPF改良バージョンでQRP運用を行うためには、4.85W@12V電源とする必要があるようです。

アッチネータの減衰率は40dBに設定しました。これにより、アッチネータの出力を計算上0.50mW(-3.0dBm)に制限しました。

スプリアス測定結果

次に、ダミーロードをスペクトラムアナライザ(tinySA)に付け替え、スプリアスを測定しました。第二高調波は-67.4dBc(= -70.12dBm + 2.688dBm)となり、スプリアス規格を余裕を持って満たせたようです。しばらく実験をしてから終段FETに触ってみましたが、特に発熱はしていませんでした。送信出力が効率的に出ているようなので、この改造がE級増幅の高効率スイッチングに影響を与えることはなったようです。

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40m QCX+ LPF改造バージョンのスプリアス測定結果

 シミュレーション結果によれば、フィルタの抑圧能力は-65~-83dBc程度になる予定でした。また、元祖LPFの測定とシミュレーション結果から、基本波に対する第二高調波の強度は-10dBc程度と見積もっていました。よって、フィルタ後の第二高調波の強度は理想的には-75~-93dBc程度になる予定でした。tinySAの測定限界に近づき、誤差の範囲のような気もしますが、やはりLPF部を切り離してVNAで減衰特性を調べたいところです。

 

40m QCXのLPF改良設計

QCXのLPF改良設計の方針

前回(https://jk1ejp.hatenablog.com/entry/2021/07/16/132311)からの続きで、QCX元祖LPFにコンデンサを1つだけ付加してCWAZ (Chebyshev with Added Zero) LPFと同じ構成とし、第二高調波に対する抑圧能力を向上したいと思います。オリジナルのCWAZ LPFとは素子値が異なるため、LTspiceを用いたシミュレーションによる検討を行います。

40m QCX LPFの改良シミュレーション結果

QCX元祖LPFの中央のL2は1.7μHでした。これと7.02MHzの第二高調波14.04MHzで共振するCは C=(2\pi f)^2/L  から75.6pFとなります。この周囲の82pF、78pF、75pF、68pFについて、第二高調波に対する抑圧能力を調べました。本来はコンデンサの容量系列に沿って系統的に調べるべきですが、そこまで頭が回っておらず、直観に基づく試行錯誤の結果を後追いでまとめています。

82pF

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82pF: Mag. Ratio -68.60[dBc]

共振周波数は13.5MHz程度と低周波数側にずれていますが、第二高調波に対する抑圧能力は-68.60 dBc(=-65.00-3.60)と十分そうです。7MHzで+3.60dBのリップルが乗ります。遮断周波数は7.5MHz程度となり、9MHzに迫る元祖LPFより通過域が狭くなっていますが、CW運用なら問題ないと信じることにします。

78pF

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78pF: Mag. Ratio -77.26[dBc]

共振周波数は13.7MHz程度とまだ低周波数側にずれています。第二高調波に対する抑圧能力は-77.26 dBc(=-73.81-3.45)と大きくなります。7MHzのリップルは+3.45dBと若干小さくなるようです。遮断周波数に大きな変化は無いように見えます。

75pF

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75pF: Mag. Ratio -86.57[dBc]

共振周波数は14.1MHzと僅かに高周波数側にずれています。第二高調波に対する抑圧能力は-83.26 dBc(=-73.81-3.31)とシミュレーションケースの中では最大を示します。7MHzのリップルは+3.31dBとさらに若干小さくなるようです。遮断周波数に大きな変化は無いように見えます。

68pF

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68pF: Mag. Ratio -65.99[dBc]

共振周波数は14.8MHz程度とさらに高周波数側にずれています。第二高調波に対する抑圧能力は-65.99 dBc(=-63.00-2.99)と小さくなりますが十分です。7MHzのリップルはさらに小さい+2.99dBになります。遮断周波数に大きな変化は無いように見えます。

まとめ

シミュレーション検討結果を下記表にまとめます。どのケースも第二高調波(≒14MHz)トラップ用C追加の効果は大きく、目標の-50dBcを達成しています。7MHzのリップルは追加したCの容量が小さいほど小さくなりますが、何れにせよ約3.0~3.6dBのリップルは生じます。

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シミュレーション検討結果のまとめ

各ケースの周波数応答の結果から、Cを追加すると遮断周波数は7.5MHz程度まで小さくなり、Cの容量に応じた大きな変化は無いように見えます。9MHzに迫るQCX元祖LPFより通過域が狭くなってしまいますが、CW運用なら問題ないかな・・・?

リップルが大きくなり、通過域が狭くなるのは、素子値を最適化したCWAZ LPFとは異なり、QCX元祖LPFの素子値を変更することなく、そのまま流用して第二高調波トラップ用のCを追加したことによる副作用と考えられます。Cの追加措置が元祖LPFの極配置と非干渉化されていないためでしょう。

LPF改造仕様の決定

コンデンサの種類は数多くあります。ここでは実装スペースの関係からSMDタイプを採用することが決定しています。その他に決めなければいけない主要な仕様は、温度特性と定格電圧です。もちろん容量値も!

共振回路に使用するコンデンサの温度特性はC0G(EIA規格、温度係数:±30ppm/℃)が良いとされます。QCX元祖LPFにもC0Gのコンデンサが使用されているようです。運用開始からの時間経過に応じた温度変化でフィルタ特性が変わらないようにするためと思われます。ここでも、温度特性C0Gのコンデンサを選定する方針とします。

定格電圧の選定方法は、非職業的技師には正直良くわかりません。秋月電子通商等で電子回路用のMLCCを探すと、耐圧は50Vが一般的のようです。QCXの出力の尖頭電圧は実測で20数Vです。2倍の余裕はあるが3倍の余裕はないといったところでしょうか。スイッチング駆動されるE級増幅回路のサージ電圧等が尖頭電圧の何倍かは不明です。QCXをSDR(uSDXと呼称)化する方法を提示してくれているDL2MAN局はE級増幅回路の再設計もしており、LPFのコンデンサについて「個人的に100V定格を使用」とホームページで紹介しています。「個人的に」と付くのは、安全を見込んだ仕様値を回路から直に落とすのが難しいからでしょう。安全率不詳の非職業的技師も「個人的に」ムラタのGRM21A5C2Eシリーズ(C0G、定格250Vdc、サイズ2012M、容量ばらつき±5%)を試用してみることにしました。E12系列を千石電商等で入手可能です。E24系列まで必要だとMouser等を探す必要があるようです。

最後に容量値を決めます。そのために行った上記シミュレーションにより、追加したCの容量が75pFより大きいと、共振周波数は第二高調波(≒14MHz)より小さくなることがわかりました。CはLC共振周波数の分母に来るため、逆に75pFより小さいと共振周波数は第二高調波より大きくなります。共振周波数が第二高調波より大きくなればなるほど、第二高調波がフィルタの急峻な減衰スロープを駆け上がってしまい、抑圧能力が急速に小さくなってしまうリスクがあります。ばらつきに対してロバスト(頑健)な設計とするためには、Cの容量のノミナル値が75pFより大きくなるようにした方が安全と考えました。そこで、E12系列の2つのコンデンサ(C1、C2)の組み合わせで実現可能な容量C=78pF(=39+39)に決定しました。容量ばらつき±5%を考慮すると、Cの真値は74.1~81.9pFのどこかになります。この範囲では、共振周波数が第二高調波より小さくなることが期待されます。同じ容量39pFを並列にするのは、ばらつきの相殺を狙ってのことです。調達の手間も少なくなります。

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追加コンデンサC選択の検討

 もちろん、大量生産する訳ではありませんので、LCメータがあれば容量を実測して選別するのがベターです。そのためにはQCX元祖LPFの素子値も組立前に測定しておくべきなのですが。

次回は実際に改造した結果を測定したいと思います。

QCXのLPFについて

QCXとは

QCXはアマチュア無線用のCWトランシーバキットです。2017年頃に初代が発売され、現在はQCX+とQCX-miniの2つのタイプが販売されています(下記QRP Labsホームページ参照)。QCX+はスルーホール基板にリード部品を実装する方式のキット。QCX-miniは小型化を突き詰め、SMDのC、R、OP-AMP等を予め基板に実装済みとしたキットです。

QCXは日本とも縁があります。YouTubeのインタビューを参照すると、設計者のHansさんは仕事の関係で日本に勤務していた時代にQRP Labsを立ち上げたようです。初代QCXの発送元が日本であった謎がWebで話題になっていましたが、このインタビューで解決しました。現在、日本のロジ拠点は引き払い、トルコに拠点を構えているようです。日本から発注するとトルコから届きます。

QCX の購入・組立

無線機がSDRに邁進する時代、最後のアナログキットになるかもしれない(QRP Labsの次のキットQSXはSDRになる模様)。そう思った非職業的技師は、40mのQCX+と20mのQCX-miniを購入し組み立てを完了しました。

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QCX+(左)と QCX-min(右)

最も難しかったのはケースへの組み込みです。特にLCD周りの組み立ては両キット共に組立公差の不足を感じ、マニュアル記載のヒントに沿った追加加工で乗り切りました。と書くと大袈裟ですが、非職業的電気技師は機械加工のツールを十分に備えてはいないため苦戦しました。

老眼に鞭打ったハンダ付けでしたが、回路組立は順調に進み問題なく動作しました。コイル巻きのばらつきも含めて回路の再現性は高いようです。ダミーロードキット(QRP Labs)の抵抗電圧をUSBオシロスコープ(AnalogDiscovery2)で測定したところ、電源13.8V時に40m QCX+は3.9W、20m QCX-minは3.3Wが得られました。

なお、QCX-minの基板にはSMD OP-AMPのハンダ付けを手直ししたフラックスの跡がありました。実は17mへの展開用かあるいはuSDX実験用にと、予備のQCX-minも購入済みですが、そちらも異なる箇所のOP-AMPのハンダ付けが手直ししてありました。2台中2台のデータしかありませんが100%の手直し率です。内作のエミュレータツールのようなQC装置を使って、QRP Labsに納品されたSMD実装基板を1枚1枚テストしてQCシールを貼る様子がYouTubeにアップされています。キットを安価にするために、基板の製造コストを低く抑えているのでしょう。そのために膨大な全数検査と手直しをQRP Labs内で行っているとしたら頭が下がります。

このようにQC管理がされていること、受信部の自己診断的調整機能を備えること、等を考えると回路調整のツールは極論すれば不要かもしれません。がしかし、送信部については後述のスペクトラムアナライザが必要となりました。

QCXの課題

QCXは日本とは規制の異なる海外の設計になるため、組み立てたQCXが日本のスプリアス規格に合致しているかどうかが保証認定を得るための重要な確認事項になると思います。既に多くのHAMが製作や運用にトライされており、検索すると国内外の製作事例の報告を見ることができます。製作事例を調査した結果、日本のスプリアス規格に対して「ボーダーライン上のキット」との評価が的を得ていると思いました。

スプリアス領域の主として第二高調波に対して-50dBc以下の許容値を達成するには余裕がないLPF設計になっているようです。つまり、部品の精度や組立のばらつきから、運の良い人は-50dBc以下を達成でき、運の悪い人は達成できないということが起こり得そうです。そして、非職業的技師は運が悪い方の人でした。

下記に40m QCX+のスプリアス測定結果を示します。第二高調波の減衰は-48.9dBc(= -53.12dBm + 4.187dBm)となり、あと少し規格の-50dBcに届きませんでした。測定系は、アッチネータキット(Pacific Antenna)に接続したダミーロードキット(QRP Labs)の電力を調べて、アッチネータを40dB減衰に設定しました。これにより、ダミーロードと付け替えたスペクトラムアナライザ(tinySA)への入力を0.44mW(-3.6dBm)に制限しました。Pacific Antenna製アッチネータの減衰切り替えスイッチはプッシュボタン式のためON/OFFを視認し難く、一歩間違えばスペクトラムアナライザを昇天させてしまう冷や汗ものの測定でした。改善要です。

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スプリアス測定結果(LPFは40m QCX+の標準品)

非職業的技師の場合は、安価なスペクトラムアナライザ(tinySA)、アッチネータキット(Pacific Antenna)、ダミーロードキット(QRP Labs)を用いたスプリアス計測系の精度も問題になります。非職業的スプリアス計測系の精度を考慮してなお規格をクリアしていると主張できるように余裕を持たせないと、非職業的技師が保証認定を得る道は遠いように思えます。

QCXのLPF

QCX付属のLPF(40m)の構成とLTspiceシミュレーション結果を下記に示します。終段は理想電圧源としてモデル化し、アンテナ負荷に見立てた50Ω抵抗の電圧を評価しました。本来であれば(若ければ)、伝達関数式を導出して極や零点を評価するところですが、安直に文明の利器であるシミュレータで検討することにしました。LTspiceの使用は初めてなのでモデルが正しいことを祈ります。

[追記](2021/09/23)

理想電圧源として信号源抵抗を入れていないのですが、その有無に係わらず周波数特性は同じになるとのこと。また、素子値の誤差の影響は大きくなるとのことですので、その影響を探るシミュレーションの目的には理想電圧源が合致していると思われます。

参考文献:トランジスタ技術 2021年 7月号、pp. 86-87

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QCX付属のLPF(40m)の構成とLTspiceシミュレーション結果

 40mの基本波(7.020MHz)に対して第二高調波(14.040MHz)での減衰特性は-40dB程度でした。LPF入力前の第二高調波の強度が-10dBc以下でないと-50dBcは達成できないことになります。LPF入力前の第二高調波の強度は測定していませんが、「ボーダーライン上」との評価から、-10dBc前後になっていると推定されます。

下記のQRP LabsのLPFのページから、このLPFはW3NQN局Ed Whetherholdさんが1983年までに発表した設計に基づいているらしいことが分かりました 。

さらに、W3NQN局のコールサインで検索すると、QST誌1999年2月号に”Second-Harmonic-Optimized Low-Pass  Filters”と題する解説を寄稿していることが判明しました(検索すれば解説のPDFを入手可能)。Ed Whetherholdさん自身が、既に1999年には第二高調波のさらなる抑圧の必要性を問題意識として持ち、その解決策を発表していたことになります。引用すると、”The CWAZ low-pass filters are designed for a single amateur band to provide more than 50 dB attenuation to the second harmonic of the fundamental frequency and to the higher harmonics.”と述べられています。日本の新スプリアス規格にピッタリではないですか。QRP Labsがこの新しいLPF設計を採用していれば、日本のQCX愛好HAMがスプリアス規制に悩むこともなかったかもしれません。多少なりとも部品点数が増えることを嫌ったのでしょうか。あるいは、国土の狭い日本がガラパゴス化に邁進しているだけなのか・・・。

LPF改良の方針

少なくとも運の悪い非職業的技師のQCX個体について「新スプリアス規格で設計・製作」とするには、LPFの新設計あるいは改良が必要になりました。最も簡単な方法としては、QRP LabsからLPFキットを追加購入してカスケード接続すれば良いと思われます。QCX+はHACK用に余裕のある基板設計がされ、ケース内にも2階に基板を増設できる余裕があります。しかし、QCX-miniは外付けする他ありません。

一方、Ed Whetherholdさんが上記寄稿で提案する新しいLPFは“CWAZ (Chebyshev with Added Zero)” LPFと称されています。(QCXのLPFはフラットな通過域からButterworthフィルタと思っていましたが、Chebyshevフィルタであったようです。そう思い直してシミュレーション結果をよく見ると通過域の終端にリップルが少し乗っています。)CWAZ LPFの構成は簡素です。下図に40mの例を示すように、Lに並列に1個のCを付加するだけで済みます。これならQCX-miniの狭隘スペースにもSMDを使用すれば収まりそうです。このLCが第二高調波で共振して通過を阻止するようです。CWAZのシミュレーション結果を見ると、第二高調波(14.040MHz)での減衰特性は-40dB程度から-60dB後半まで向上しています。これなら余裕を持って新スプリアス規格をクリアできそうです。共振周波数は14.4MHz程度と少し高い設定になっているようです。素子値のばらつき等から共振周波数が右にずれると急峻な坂を駆け上ってしまうため、少し低い設定にする方が安全と思うのですが。

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CWAZ LPF(40m)の構成とLTspiceシミュレーション結果

なお、「トロ活」(山村著:トロイダル・コア活用百科、CQ出版社)では、第8章で「減衰極の付加」としてLPFにおける並列共振器が紹介されています。また、フィルタ理論では、3個のLの全てにCを並列付加した一般形態は楕円関数フィルタというものになるようです。楕円関数フィルタの設計指標はリップルになるということなので、リップルに留意して検討を進めることにします。

LPF実装設計の課題

 上記のQCX元祖LPFと改良CWAZ LPFの素子の値は全て異なります。LPFのCとLを基板から全て取り外し、Cは置換し、Lは巻き直す必要が生じます。改良に失敗した場合に元に戻す必要があることを考えると面倒で躊躇してしまいます。終段部の回路パターンをハンダ吸い取りの熱で棄損したくないとも思います。

以上はやる気と技能の問題ですが、回路構成上の心配もあります。QCXのLPF回路と終段のE級増幅回路は独立しておらず、最初のC1が共用されていると思われます。これについては、JH8SST局OMの下記Blogの考察が多変参考になりました。また、JH8SST局OMが自作E級増幅送信機のLPFに共振ウェーブトラップを設けておられることも確認できました。方向性は間違っていない。

QCXはその受信部に関してはコンバージョン後のAUDIO信号をADCによりマイコンに取り込み、自己診断的に抵抗トリマーを調整する手段を提供してくれています。対して、送信部は再現性に期待して出来成りで数ワット出れば良しとしているようです。(YouTubeに送信出力の調整例がアップされてはいます。)親切なQCXのマニュアルにも、E級増幅回路の説明は省略されている感があります。

E級増幅回路まで改造の魔の手?を伸ばすとなると、テスト項目も増えるし、復元の困難度も増してしまう。そこで省エネ改造のために、元祖LPFをそのままとして、共振回路を構成する並列Cのみをシミュレータ上で取っかえ引っかえ付加して効果を検証することにしました。話が長くなったため項を改めます。