非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

13TR-FT8トランシーバ (11)混合器の組立と測定

混合器の組立

13TR-FT8トランシーバのSBM(Single Balanced Mixer)混合器を組み立てました。

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トロイダルトランスの製作準備

混合器のトロイダルトランスを実現するためには、FT37-43コアに8回Trifilar(等長3本撚線)巻きが必要です。見た目、トロイダルトランスはRF回路を代表する部品の一つですが、手工芸品であり、再現性が心配になる部品でもあります。

エナメル線を切り出す必要があるため、13TR-FT8トランシーバの全てのコアに必要な線長を洗い出しました。13TR-FT8トランシーバの先代にあたるD4Dデジタルトランシーバの資料を参考にしました。

赤色エナメル線は約40cm、金色エナメル線は約140cmの線材が供給されています。赤線の供給は撚線の中間タップを出し易くするための心遣いですから、Tri-filarとBi-filarに各1本使用します。もう一色あるとTri-filar巻きが楽になるのですが・・・贅沢というものでしょう。

LPFコイル用のT37-2コアには単線を巻くため、線長はhttps://toroids.info/から計算でき、各25.4cmです。

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LPFに必要な線長25.4cm

トランス用のFT37-43コアに単線を巻く場合の線長は、同様にして toroids.info から各15.2cmと求まります。

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FT37-43コアに単線を巻く場合の線長15.2cm

Tri-filarとBi-filarでは撚る分だけ単線より長く必要です。しかし、その計算方法は不明です。経験則しかないと思いますが、経験を積むだけの予習用線材はありません。先代D4Dデジタルトランシーバの部品表にBi-filar 8T 20cmと指定されているため、Bi-filarはこれを踏襲します。Tri-filarも同じで良いかどうか不明ですが、供給された赤色線材長が40cmしかないため、消去法で自動的に20cmと決まります。これに合わせて金色線材長を割り当てると、合計で供給線材長にほぼ同じ136.2cmとなり、下記表のとおり整合します。後はこの線長でピッチの仕様(1インチ=2.54cm当たり 5 回ピッチで捩じり)を満たせるかどうかが課題になります。

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エナメル線材の切り出し長のまとめ表
トロイダルトランスの手工芸製作

13TR-FT8トランシーバのホームページには、電動ドリルを使用した撚り方が紹介されています。電動ドリルが無い場合は、QRP labs の Receiver module のマニュアルが参考になります。 Receiver module はQSDの前段に同じ FT37-43 Trifilar toroid を使用しています。

QRP labs の方法は2本のドライバーに線材の左右端部を結び付けて、テンションを掛けながら撚る方法です。端部に結び付ける余裕が必要なため、今回は線材の左右端部を2本のラジオペンチで挟んで、片方を膝で挟んで固定し、もう片方を手で回転させて撚る方法を取りました。ペンチで挟んいる直近部でピッチが多くなってしまいますが、後でリードとしてほどくため問題ありません。

撚ることによる線長の短縮は杞憂でした。線径が小さいためか、短縮はあっても2~4mm程度と思います。15.2mm必要に対して、19.5mm以上は確保できました。

製作したT1(Tri-filar)とT2(Bi-filar)の写真を下記に掲載します。右が今回組み付けるT1、左が後日組み付けるT2です。

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製作したトロイダルトランス(右SBM用Tri-filar)

LCRメータ(Peak社Atlas LCR40)でT1の3本のコイルのインピーダンスインダクタンスを測定したところ、21.1uH、21.2uH、 21.1uHでした。測定周波数は自動設定で200kHzです。3本のインピーダンスインダクタンスは揃っていました。上記toroids.infoの計算値は22.40uH(7MHz)でした。誤差は-6%ですが、周波数の違いによる影響は不明です。Tri-filar巻きによりコアとの密着度が悪くなっていることは確かです。目標値となるべき回路設計値は図面に記載が無く不明です。

混合器と周辺回路の組立

金色2本と赤色1本の3本のコイルはどれも同じです(インピーダンスインダクタンスは同じでした)が、中間タップが分かり易いように二次側(ダイオード側)の上コイルを赤線、下コイルを金線(金線2)としました。そして残りの金線(金線1)を一次側(LO側)のコイルとしました。金線1コイルと金線2コイルの分別はテスタによる導通チェックが頼りです。

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混合器へのコイル割り付けと周辺回路

コアの巻き始めを回路図の上側と決め、赤線コイルの巻き終わりリードと金線2コイルの巻き始めリードを撚って中間タップとしました。コアの向きが反転しても、コア内の磁束の回転方向が逆になるだけと思います。

赤線コイルの巻き始めリードはダイオードD4のカソードに接続(赤D4)し、金線2コイルの巻き終わりリードをダイオードD3のアノードに接続(金2D3)しました。また、金線1コイルの巻き始めリードを局部発振器LO信号の入力コンデンサC21に接続(金1C21)し、巻き終わりリードをGNDに接続(金1GND)しました。これでコイルの極性は合っていると思います。

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Tri-filarコイルの配線

周辺回路として、AUDIO_TX信号 → 電子スイッチ→ AUDIO_RX信号をトロイダルトランス二次側コイルの中間タップに入力するルートを完成させ、混合器のRF側に5.58dBのアッテネータPadを組み付けました。

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混合器の測定

測定系

下図の測定系により、PCからのAUDIO_TXテスト信号電圧と、SBMに連なる5.58dB Padの混合(DSB変調)出力電圧を測定しました。

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測定系
AUDIO_TXテスト信号電圧に対するSBM混合出力の感度

WaveGeneによって生成したAUDIO_TXのテスト信号の出力を、最大設定の0dBから-10dB、-20dB、-30dBと絞って、SBM混合出力の感度を調べました。AUDIO周波数は1kHzです。

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WaveGeneからのAUDIO_TX信号:1kHz、0dB(Max)

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WaveGeneからのAUDIO_TX信号:1kHz、-10dB

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WaveGeneからのAUDIO_TX信号:1kHz、-20dB

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WaveGeneからのAUDIO_TX信号:1kHz、-30dB

十分に時間が経過した後では、最大設定の0dBと-10dBの間に目視可能なSBM混合出力の変化は確認できません。-10dB設定の場合、送信切り替え直後は0dB設定時よりも混合出力が小さいのですが、徐々に大きくなって行きます。定常的にはPC設定に依存せずロバストと言えますが、過渡状態では注意が必要です。

-20dBの設定では、SBM混合出力も少し小さくなります。VOXによる送信切り替え限界に近い-30dBの設定では、SBM混合出力も目に見えて小さくなります。

何れの場合もSBM混合出力には濃い青色の部分と薄い青色の影のような部分があります。薄い青色の影のような部分は、USBオシロの反復描画に対して出現頻度が低いデータと思われます。以前報告(13TR-FT8トランシーバ (4)混合器 - 非職業的技師の覚え書き)したLTspiceシミュレーションの結果と照合すると、濃い青色の部分はAUDIO_TX = 4Vの大信号で混合した結果と似ています。薄い青色の影のような部分はAUDIO_TX = 1V以下の小信号で混合した結果と似ています。USBオシロの反復トリガーが1kHzのAUDIO信号に引っ掛かってしまい、7.074MHz近辺のRF信号には引っ掛からないのかもしれません。

SBM混合出力のFFT(USBオシロ

USBオシロFFT機能を使用して周波数スペクトルを確認しました。

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WaveGeneからのAUDIO_TX信号:1kHz、0dB

USBオシロ(Analog Discovery 2)のFFT機能の仕様は判然としませんが、時間領域の表示スパンを拡大しないと周波数分解能が高くなりませんでした。上記測定結果から以下のことが確認できました。

  • スペクトルの中心が7.074MHzであることが確認できました。
  • 7.074±0.001MHzにスペクトルが立っているかは判別できませんでした。7.074±0.006MHzにスペクトルが立っているように見えます。高調波が重畳していると推測されます。
  • 上部の時間領域の測定結果から、混合出力(SBM)信号が0V付近から(おそらく7.074MHzで)振動し、AUDIO_TX信号のゼロクロスで振幅の符号が反転していることが確認できました。

AUDIO_TX信号を4kHzにして、もう少し分離を改善できないか試みました。

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WaveGeneからのAUDIO_TX信号:4kHz、0dB
  • スペクトルの中心7.074MHzのスペクトル強度が小さくなり、DSB信号が発生していることが確認できました。
  • 変わらず、7.074±0.001MHzにスペクトルが立っているかは判別できませんでした。7.074±0.008MHzにスペクトルが立っているように見えます。高調波が重畳していると推測されます。
  • 上部の時間領域の測定結果から、混合出力(SBM)信号が0V付近から(おそらく7.074MHzで)振動し、AUDIO_TX信号のゼロクロスで振幅の符号が反転していることが明確に確認できました。
SBM混合出力のFFT(USBドングルSDR)

USBオシロでは周波数分解能に限界があるため、過去に報告(13TR-FT8トランシーバ (6)局部発振器の組立と測定 - 非職業的技師の覚え書き)したUSBドングルSDRによる測定を今回も試みました。測定系は下記の通りです。SBMに連なる5.58dB Padの抵抗R30をクリップしたリード線をMini-Whipアンテナに数回巻き付けました。

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USBドングルSDRを用いた測定系

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WaveGeneからのAUDIO_TX信号無し

WaveGeneからのAUDIO_TX信号が無い状態では、局部発振器から漏れてくる発振周波数7.074MHz(正確には7.073.997MHz)を拾っています。ベースの凹凸は環境ノイズです。

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WaveGeneからのAUDIO_TX信号:1kHz、0dB

WaveGeneからAUDIO_TX信号(1kHz、0dB)を入力すると、発振周波数7.074MHzの両側に複数のスペクトルが立ち上がります。USBオシロでは、これらが重畳して見えていた訳です。

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Zoom

今回使用したSDRunoのRBWは驚愕の5.09Hzです。スペクトルの1本1本を確認できます。

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Zoom Zoom

約7.074±0.001MHz、7.074±0.002MHz、・・・のDSBスペクトルと高調波を確認できました。混合器は正常に稼働していると思われます。次は、この中から1本だけを送信するフィルタの組立が課題です。

蛇足

変調については周波数領域で説明されることが多いと思います。FM、AM、DSB、SSBと全ての変調方式について周波数領域で考えれば理解は容易です。

時間領域ではどんな波形になっているのでしょうか。FM、AMは時間領域波形も容易に想像できます。DSBもゼロクロスでの波形反転に注意すれば想像できます。では、SSBはどんな波形で飛んで行くのでしょうか。

検索しても簡単には絵が出てきません。海外に同じ疑問を持った人がいて、下記のホームページが唯一見つかりました。SSBは奥が深い・・・。