非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

13TR-FT8トランシーバ (16)電力増幅器の測定

出力パワーの測定

測定系

13TR-FT8トランシーバの出力パワー測定系と測定の様子を下記に示します。

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出力パワーの測定系

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測定の様子

13TR-FT8トランシーバはまだケースに入れていません。トランジスタの電圧を測る際には、高周波誘導の心配がありますが、剣山上に残したトランジスタのリードをクリップして配線を引き回しています。

今回からは、PCのヘッドホンジャックから直接Audio TX信号を入力するのではなく、USB Audioを介して入力する構成に改めました。アプリで発生するPCのシステム音が入力されるのを防止するためです。USB Audioは適当に安価なものを選定しました。波形を覗いてみると、サンプリング起因か何かの高周波が重畳しており、音の品質は劣化しているようです。FT8の送信信号品質には影響がないと思います。

今回、失敗があり、測定を2回繰り返しました。USBオシロのプローブを2本使用しましたが、その中の1本の周波数特性補正トリマの調整が不十分だったために、送信出力の測定値が倍異なるという現象に悩まされました。回路上の損失発生箇所を探して測定を繰り返しましたが発見できず、念のために矩形波のテスト信号を発生させてオシロのチャンネル毎の応答を調べた結果、1本のトリマ調整未遂に気が付いた次第です。トリマ調整不足で矩形波への追従性が悪い(角が丸まる)と、7MHzに対しては実効値の2乗が半分になってしまうことが起こり得ることに初めて気付かされました。高周波成分を含む矩形波に追従できるようにトリマ調整を行いましたが、追従性の評価が目分量であるためアナログ的不確実性が残ってしまうのは致し方なしではあります。

基本測定結果

PCからのAudio TX信号の周波数を2,000Hzに設定した時のDummy Loadの電圧波形の測定例を下記に示します。電源電圧はDC12Vです。

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出力電圧波形の測定例(Audio TX : 2,000Hz)

50Ω Dummy Load に印加されるRF電圧の実効値として約9.8Vが得られたことから、出力パワーは約1.9Wとなりました。13TR-FT8トランシーバのホームページ(13TR - CRkits共同購入プロジェクト)に紹介されている仕様(出力 1W(ノミナル))の1.9倍が得られました。

USBオシロの測定ソフトWave Forms 2015のスペクトラムアナライザ機能を用いて測定したパワースペクトルを下記に示します。分解能帯域幅RBWは23kHzです。

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出力スペクトラムの測定例(Audio TX : 2,000Hz)

第二高調波(14.152MHz)の強度は基本波(7.076MHz)に対して47.9dBc(= -0.1746 + 48.0709)となりました。QCX+(QCXのLPFについて - 非職業的技師の覚え書き)と似たスプリアス測定結果になりました。今少しLPFの抑圧が足りていません。ケース封入前の状態ですので、ケースを上に被せたり、Dummy Loadとの間にケースを立てたり、配線を移動させたりしましたが、結果は変わりませんでした。

ケース封入後にtinySAを用いて再評価を行う予定ですが、安全策としてLPFに第二高調波トラップを仕掛けるかどうか逡巡しています。

Audio周波数に対する出力測定結果

Audio TX信号(副搬送波)の周波数に対する出力パワーの測定結果を下記の表およびチャートにまとめます。

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Audio TX信号(副搬送波)の周波数に対する出力パワー

水晶フィルタの測定(13TR-FT8トランシーバ (13)水晶フィルタの組立と測定 - 非職業的技師の覚え書き)で報告したとおり、Audio TX信号1,500Hz以下では水晶フィルタの出力に脈動が見られました。その脈動がLPFの出力でも顕在化しているようです。脈動が最も顕著なAudio TX信号1,400Hzの脈動波形測定の例を下記に示します。

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出力電圧波形の測定例(Audio TX : 1,400Hz)

見かけ上のサンプリングレートを増やすUSBオシロの「等価時間サンプル機能」を使い、重畳回数Oversを16回に設定して測定しました。サンプルポイントをずらしながら16回信号を取り込んで合成しています。ところが、脈動によって同じ信号を取り込めていないため、上図では振幅の異なる複数の波形が合成されています。転じて、脈動が可視化できています。前記の2,000Hzの例のように「等価時間サンプル機能」が綺麗に働けば、脈動は生じていないことになります。

Audio TX信号の周波数が1,000Hzから1,400Hzの範囲では、周波数と伴に出力が減少しています。出力として基本波以外にAudio TX信号(副搬送波)に起因する高調波のパワーを以下のようにカウントしているためと推測しています。

  • Audio TX信号が1,000Hzの場合は、第二高調波2,000Hzおよび第三高調波3,000Hzに起因するRF信号は水晶フィルタおよびLPFを通過します。見かけ上の出力は高調波の分だけ大きいように見えることになります。
  • Audio TX信号が1,200Hzの場合は、水晶フィルタを通過できる高調波は第二高調波2,400Hzに起因する1本だけに減ります。第三高調波3,600Hzに起因するRF信号は水晶フィルタを通過できません。これにより、一旦は出力が減少することになります。
  • Audio TX信号が1,500Hzの場合は、基本波に起因するRF信号の通過量が多くなるため、第二高調波3,000Hzに起因するRF信号と合わせて出力が増加に転じることになります。
  • Audio TX信号が1,800Hzの場合は、第二高調波3,600Hzに起因するRF信号も水晶フィルタを通過できなくなります。基本波に起因するRF信号のみの出力を測定していることになります。3,000Hzまでは基本波に起因するRF信号に対する挿入損失が最小になるため、出力は最大一定値を維持します。

以上の測定結果から、非職業的技師が組み立て中の個体についてはAudio TX信号(副搬送波)の周波数を1,800Hzから2,900Hzとするのが妥当のようです。

今回の検討により、FT8通信プログラムWSJT-X(Weak Signal communication by K1JT)のRadio設定に「Split Operation」が用意されている理由が良く分かりました。WSJT-X User Guide の Split Operation を引用します。

Split Operation: Significant advantages result from using Split mode (separate VFOs for Rx and Tx) if your radio supports it. If it does not, WSJT-X can emulate such behavior. Either method will result in a cleaner transmitted signal, by keeping the Tx audio always in the range 1500 to 2000 Hz so that audio harmonics cannot pass through the Tx sideband filter. Select Rig to use the radio’s Split mode, or Fake It to have WSJT-X adjust the VFO frequency as needed, when T/R switching occurs. Choose None if you do not wish to use split operation.

トランシーバのスプリット機能を使える時には、Audio信号の高調波がSSBフィルタを通過しないように、例えば 7.074MHz + 1,000Hz = 7.075MHz を 7.073MHz + 2,000Hz = 7.075MHz の組み合わせに仕立て直して送信制御する機能がWSJT-Xには準備されています。

VFOの無い13TR-FT8トランシーバではRadio設定に「None」を設定します。その代わり、Audio信号の副搬送波周波数を注意深く選ぶヒューリスティックフィルタが必要になるかもしれません。どの程度の高調波が出るかは後日評価することにします。

出力パワーの測定値とLTspiceシミュレーション推定値の比較

出力パワーの測定値とLTspiceシミュレーション推定値を下記にまとめます。

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前々回(13TR-FT8トランシーバ (14)電力増幅器のLTspiceシミュレーション - 非職業的技師の覚え書き)および前回(13TR-FT8トランシーバ (15)電力増幅器の組立とLTspiceシミュレーションの再確認 - 非職業的技師の覚え書き)で報告したとおり、LTspiceシミュレーションでは約2.6Wの出力が得られる結果となっていました。実測1.9Wとは0.7W(30%)の乖離になりました。

前回のLTspiceシミュレーションでは、励振増幅器に入力されるベース電圧信号を正弦波で近似しました。この近似誤差、もしくは考慮できていない損失等で乖離が発生した可能性があります。ピッタリ合うことは望むべくもないのですが、後学のためにトランジスタの電圧波形を測定し、どこで違いが生じたかを探りました。

励振増幅器の電圧波形測定

励振増幅器Q10)のベース電圧波形、エミッタ電圧波形、コレクタ電圧波形の測定結果を下記に示します。Audio TX信号の副搬送波周波数は2,000Hzです。CH1(黄色)が励振増幅器Q10)の各電圧波形を、CH2(青色)が出力確認のためのDummy Loadの電圧波形を示します。

ベース電圧波形

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励振増幅器Q10)のベース電圧波形

正弦波の上部が斜めに切断されたような波形を示します。電源極性保護のダイオードD7による電圧ドロップを1Vと想定すると、ベースバイアス回路によるベース電圧は約1.9V(=(12-1)*470/(470+2200))と推定されます。出力電圧(青色)が逆位相とすると、そのゼロ電圧クロス点のベース電圧は約1.9Vに見え、回路設計値と整合しています。ベース電圧実測値の変動幅は約0~3Vです。

前回(13TR-FT8トランシーバ (15)電力増幅器の組立とLTspiceシミュレーションの再確認 - 非職業的技師の覚え書き)のLTspiceシミュレーションでは、ベース電圧はバイアス約1.9V、Peak約3.8Vの正弦波としており、ベース電圧の飽和切断は考慮されていませんでした。これは緩衝増幅器(Q9)のコレクタ電圧を正弦波として近似していたためです。

上流に遡り緩衝増幅器(Q9)のコレクタ電圧を、トリマ調整されたプローブを用いて「等価時間サンプル機能」を16回に設定して改めて測定すると、正弦波の上部が斜めに切断された波形をこの段階で示すことが確認されました。励振増幅器Q10)のベースには、直流オフセットをカットしたこの波形が印加されていた訳です。電圧実測値の変動幅は約6.5~9.5Vです。

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緩衝増幅器(Q9)のコレクタ電圧
エミッタ電圧波形

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励振増幅器Q10)のエミッタ電圧波形

ベース電圧と同様の上部切断波形が表れていますが、切断区間がより急傾斜になっています。加えて、マイナスの位相で振動が載っています。トロイダルトランスT2のインダクタンスの影響でコレクタ電流が振動するためと思われます。エミッタ電圧実測値の変動幅は約1.7~2.4Vです。
前回のLTspiceシミュレーションでは、こういった振動は模擬されませんでした。理想コイルでは発生しない振動が浮遊容量等により発生するのでしょうか。平均電圧は近い値を示しているようですが、波高値はシミュレーションとは異なりました。エミッタ電圧シミュレーション値の変動幅は約2.0~3.0Vでした。4.7Ωという相対的に微小なエミッタバイアス抵抗の電圧を高精度にシミュレーションするのは難しいのかもしれません。

コレクタ電圧波形

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励振増幅器Q10)のコレクタ電圧波形

ベース電圧の上部切断波形の影響は視認できません。コレクタ電流の増加率(微分)に比例してT2の電圧降下が生じ、コレクタ電圧が減少するため、ベース電圧とは90度だけ位相がシフトします。ベース電圧がピークに達する付近でコレクタ電圧は底を打ちますが、2周期分の振動を生じています。このコレクタ電流起因の振動が、前記のエミッタ電圧にも反映されていました。振動の中心を取ると、コレクタ電圧実測値の変動幅は約10~13Vです。

前回のLTspiceシミュレーションでは、コレクタ電圧の低下時(コレクタ電流の増加時)に大きなアンダーシュートを生じていましたが、振動は僅かなものでした。実測でアンダーシュートが目立たないのは、浮遊容量によってコレクタ電流の増加率が緩和されていることが理由の候補として考えられます。その代わり、浮遊容量との電荷の出し入れによって振動が生じたとも考えられそうです。アンダーシュートを無視すると、コレクタ電圧シミュレーション値の変動幅は約10~13Vとなっていました。実測値とほぼ一致しています。

電力増幅器の電圧波形測定

励振増幅器Q10)のコレクタ電圧では、波形成分の細部(アンダーシュートの有無、振動の有無)は異なりますが、変動幅はほぼ一致していました。次に、電力増幅器(Q11、Q12、Q13)のベース電圧波形、エミッタ電圧波形、コレクタ電圧波形の測定結果を下記に示します。測定条件は励振増幅器と同じです。

ベース電圧波形

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電力増幅器(Q11)のベース電圧波形

トロイダルトランスT2の極性によって、励振増幅器Q10)のコレクタ電圧を反転した波形になります。上部に来た振動の中央を取ると、ベース電圧実測値の変動幅は約-1.0~1.5Vです。

前回のLTspiceシミュレーションも、励振増幅器Q10)のコレクタ電圧を反転した波形になるため、アンダーシュートが反転したオーバシュートがありましが、実測値にはありません。ベース電圧シミュレーション値の変動幅は約-0.7~1.7Vでした。オーバシュートがあることと、振動がないことを除いて、実測値とほぼ一致していました。

エミッタ電圧波形

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電力増幅器(Q11)のエミッタ電圧波形

ベース電圧波形上部の振動成分がそのままエミッタ電圧に反映されているようです。実測値の変動幅は振動の中央を取ると約0~0.9V程度と思いますが、振動のピークは2Vに達します。

前回のLTspiceシミュレーションでは、ベース電圧が反映されたオーバシュートがあり、代わりに振動がありませんでした。変動幅は約0~1.0Vで、実測値とほぼ一致していました。

コレクタ電圧波形

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電力増幅器(Q11)のコレクタ電圧波形

コレクタ抵抗R34およびインダクタL4によってコレクタ電流による電圧降下が生じるため、ベース電圧の位相を反転した波形になります。振動は電圧が下降した区間で生じているのですが、インダクタL4の効果か、大幅に振幅が縮小しています。実測値の変動幅は約0~26Vです。

前回のLTspiceシミュレーションでは、振動の無い波形で、変動幅は約0~28Vでした。振動がないことを除けば、実測値との大きな乖離はありませんでした。LTspice回路シミュレーションモデルには浮遊容量が反映されていないことが、波形成分の違いを生じる原因と考えています。

USBオシロスペクトラムアナライザ機能を用いて測定したコレクタ電圧の周波数スペクトルを下記に示します。T1(Trace 1)がコレクタ電圧の測定値で、その「FF」が基本波成分、「2nd」が第二高調波成分を表します。分解能帯域幅RBWは23kHzです。LPF入力前の基本波と第二高調波の差は僅か9.7dBc(= -0.5 + 10.2)でした。

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電力増幅器(Q11)のコレクタ電圧の周波数スペクトル

LPFの効果測定

上記のコレクタ電圧に含まれる高調波がLPFによって抑圧される効果を測定しました。LPFのトロイダルコイルL1、L2、L3通過後の各段階のRF電圧波形および周波数スペクトルを下記に示します。

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LPF一段目L1通過後

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LPF二段目L2通過後

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LPF三段目L2通過後

RF電圧波形はトロイダルコイルの電流微分により、各段を通過する毎に90度づつ位相がシフトします。第二高調波は1段ごとに約13dBc抑圧され、最終的に49dBcまで抑圧されました。これは測定状況によって2dBc程度ばらつきがあります。

LPFの挿入損失は特に見つかりませんでした。LPFの各段に損失があれば、電圧降下が線形に生じるはずと思い調べましたが、見つかりませんでした。出力パワーの実測値とLTspiceシミュレーション推定値の乖離は浮遊容量や素子のモデル化誤差によって生じたものと、現時点では考えています。

キットには組立スキルのばらつきが反映されます。以上の結果は非職業的技師の未熟な組立スキルが反映された個体の特性であることをお断りしておきたいと思います。