非職業的技師の覚え書き

JK1EJPの技術的検討事項を中心に記録を残します。

QRPGuys Z Tuner(1)SWR測定ブリッジ回路の検討

QRPGuys Z Tunerの概要

運用周波数帯域が異なるFT8とCWを短縮アンテナを用いて運用するために、”QRPGuys 40m-10m Multi Z Tuner”の製作に着手しました。外観と回路図を下記に示します。

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QRPGuys 40m-10m Multi Z Tunerの外観(組立マニュアルより)

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QRPGuys 40m-10m Multi Z Tunerの回路図(組立マニュアルより)

回路は、SWR測定ブリッジ部とTuner部から構成されています。

SWR測定ブリッジ

SWR測定ブリッジはアンテナのインピーダンス不整合時にLEDが点灯し、SWRに比例して明度が変化し、整合時に消灯する仕組みです。

Tuneモードではトランシーバ終段の負荷はSWR測定ブリッジになるため、終段を保護する役割も果たします。アンテナのインピーダンスを抵抗Rxに見立てて、電圧反射係数とSWRを試算した結果を下記に示します。

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アンテナ・インピーダンスによる電力反射係数とSWRの変化

ブリッジを構成する抵抗が51Ωのため多少の誤差は出ますが、アンテナ・インピーダンスが50Ωの時に電圧反射係数はゼロ、VSWRは1.0になります。

アンテナ・インピーダンスが10Ωに低下してもブリッジの合成インピーダンスは38Ωに抑えられ、VSWRは約1.3までしか増加しません。「短絡」しても合成インピーダンスは34Ωに抑えられ、VSWRは約1.5までしか増加しません。

アンテナ・インピーダンス増加の影響はもっと緩やかです。100Ωに上昇してもブリッジの合成インピーダンスは61Ωに抑えられ、VSWRは約1.2までしか増加しません。アンテナ付け忘れの「解放」でも合成インピーダンスは102Ωに抑えられ、VSWRは約2.0までしか増加しません。これがブリッジのVSWR最大値になります。

LTspiceシミュレーション

SWR検出回路にもトロイダル・コア(FT37-43)が搭載され、巻き数比5:20のコイルを巻いて、中間タップにアンテナ負荷を接続しています。その役割は検出感度の増感、すなわち高周波電圧の不平衡差分の増幅にあると考え、LTspiceで確認しました。

アンテナ・インピーダンスに対する感度

アンテナ・インピーダンスに見立てた抵抗Rxの値を25Ω、37.5Ω、50Ω、75Ω、100Ωとステップ変化させて、LEDを点灯させるコンデンサC1のチャージ電圧(タグC1_2~C1_1間の電圧)をシミュレーションしました。7MHz給電電圧は振幅10Vとしました。電力は1Wの想定です。

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アンテナ・インピーダンスに対する感度

電力送出から3~5ms程度でコンデンサC1への充電は完了し、過渡応答は収束します。スタートの25Ωで2.2V弱、ここから整合を進めたつもりの37.5Ωで1.4V程度に低下し、整合させたつもりの50Ωで0VになりLEDは消灯します。逆方向に不整合させたつもりの75Ωで約1.7Vに上昇し、100Ωで2.2V強に戻りました。LEDがSWRインジケータとして働くことが確認できました。

37.5Ωと75Ωでは、コンデンサC1の充電が間に合わずにノコ波状の脈動が見られます。この周期を肉眼で感知することはできないと思いますが、整合付近では周期が伸びて僅かな点滅が発生するかもしれません。

トロイダル・コイルの誘起電圧

コイルに一方向の高周波電流が流れるだけなら、巻き数比(5:20)の二乗に比例した高周波電圧が誘起されると思います。しかし、ブリッジの電圧差は中間タップから左のL1(5回巻き)に印加されるため、整流ダイオードにつながる右のL2(20回巻き)に誘起される電圧がどうなるかは当局の理解を超えます。そこで、LTspiceシミュレーションで確認した結果を下記に示します。

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SWR測定ブリッジのトロイダル・コイルの誘起電圧

7MHzの高周波電圧のため、塗り絵になってしまいました。緑がインピーダンス不整合によってブリッジに発生した電圧差であるL1電圧(タグANT~C1_1間の電圧)で、±0.8Vの正弦波電圧になっています。一方、赤が右のL2電圧(タグANT~C1_2間の電圧)で、プラス側が約6V、マイナス側が約-3.1Vの非対称な交流電圧になっています。巻き数比の二乗(1:16)の関係は単純には電圧比に反映されていないようです。

C1の充電が完了した平衡状態での交流信号を拡大した結果を下記に示します。

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SWR測定ブリッジのトロイダル・コイルの誘起電圧(時間軸拡大)

L2電圧のプラス側は対称な半波になっているように見えますが、マイナス側は歪んでいます。プラス側はダイオードD2に電流が流れない方向の誘起電圧と思います。

マイナス側の約3.1VがダイオードD2のアノードに印加される最大電圧で、ダイオードD2(1N4148)の電圧降下を0.6Vとすると、C1_2の最大電圧は2.5Vと推定されます。L1の電圧も考える必要がありますが、L2電圧とL1電圧の位相はずれていてL2が-3.1Vの時にL1は-0.4Vのため、C1に印加される最大充電電圧は2.1V(= 3.1 - 0.6 - 0.4)と推定されます。

シミュレーション結果はLEDを駆動するC1電圧=2.2V弱(黄色)を示しているため、このロジックで合っているのではないかと思います。マイナス側のL2電圧が歪んでいるのは、LED駆動で電流を消費したC1の満充電まで電流を取られるためと推定しています。

トロイダル・コイルの巻き数の感度

トロイダル・コイルFT37-43は設計値の25回巻きで内周は満杯になります。さらに増感しようと重ね巻きをするとネジ止めが不可になります。そこで、10回巻き(5:5)に減らして感度がどこまで下がるかをシミュレーションしました。

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SWR測定ブリッジのトロイダル・コイルの巻き数変更時の誘起電圧

巻き数の二乗比は1:16から1:1に変更したことになるため、ダイオードD2のアノードに印加されるL2電圧(図中の赤)のマイナス側は-3.1Vの16分の1の-0.2Vになるはずです。シミュレーション結果では、立ち上がりの過渡応答こそ大きな電圧が生じていますが、線形ロジックで予想した通りの-0.2Vに収束しています。プラス側は6Vから0.375Vになると予想されますが、0.3V程度になっていることは確認できます。

C1の充電が完了した平衡状態での交流信号を拡大した結果を下記に示します。

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SWR測定ブリッジのトロイダル・コイルの巻き数変更時の誘起電圧(時間軸拡大)

予想外のことですが、L2電圧の周波数が7MHzではなくなっています。4倍の28MHzほででしょうか。さらに複雑なことに、振幅は7MHzで変調されているように見えます。反射電圧と混合して、ミキサのような挙動を示しているのでしょうか。

L2電圧の挙動が複雑なため、C1に印加される最大充電電圧の推定は難しいのですが、シミュレーション結果は五分の一の0.4V強に収束しています。LEDが明るすぎる場合にはL2の巻き数を減らせば良いことが確認できました。